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2017年2月 2日 (木)

二封筒問題を考える

大阪哲学同好会2017年1月例会で「二封筒問題」が話題になった。興味深かったので 、同会の掲示板でスレッドを立てて考察した。以下に紹介する。興味のある人は討論してみませんか?

大阪哲学同好会したらば掲示板 

横山 2017/01/29(日) 17:54:21

1月例会でイイダさんが紹介された確率にかんする問題です。

二つの封筒にはお金が入っているがそとから中身はわからない。金額は不明だが、片方はもう片方の倍額入っていることが分かっている。この封筒のどちらか一方を選んでそのお金を得る。
さて、ある人が封筒を選んで中身を確かめたあとで、ディーラーからもう一つの封筒と取り替えても良いと言われた。この人は取り替えるべきか?

2 横山 2017/01/29(日) 18:10:03
この人が高額の方を選ぶ確率も低額の方を選ぶ確率も同じく1/2のはず。だから、封筒を選んだあとで封筒を取り替えても得になるとは考えにくい。
ところが、
最初に選んだ封筒の中身が500円だとすると、この500円が高額の方である確率は1/2だから、取り替えたら1/2の確率で低額の方の250円の封筒を得ることになる。
また、最初に選んだ500円が低額の方である確率は1/2だから、取り替えたら1/2の確率で高額の方の1000円の封筒を得ることになる。
それゆえ、交換したときの期待値は、
(1/2×250+1/2×1000=625)
で、625円になってしまって交換しないままよりも高くなってしまう。
本来は交換しても変わらないはずなのに、交換した方が得だという計算結果が得られてしまう・・・というパラドックス。
どこが間違っているのだろう?

3 夫 2017/01/29(日) 18:45:13
http://philonous.blog111.fc2.com/blog-entry-54.html
これ分かりやすかったです。
結局ここで出している期待値は偽の期待値と言うことみたいです。

4 横山 2017/01/29(日) 21:31:18
夫さん、紹介ありがとうございます。解りやすい解説でした。
でも、それでもまだ、よく分からないところがあります。

自分が最初に選んだ封筒が高額の方か低額の方かは、どちらも1/2の確率であるはずです。これは無限の実検の結果が1:1になるとの予測から正当な確率値だと言えるでしょう。ところが、その最初に選んだ金額が500円だったとして、それを交換してもらってもしなくっても期待される金額は変わらないのであれば、交換したときの期待値は500円だとできそうな気がします。もしその期待値500円という値に意味があるのであれば、その期待値計算は次のようになるはずです。すなわち、交換して1000円を得る確率をaとし、250円を得る確率を(1-a)とすると、
「1000×a+250×(1-a)=500」

そして、この方程式を解くと、
a=1/3
になってしまいます。
つまり、交換してもしなくても同じということに期待値としての意味があるならば、交換して2倍の金額がもらえる確率は1/3であることになります。しかし、これは最初に自分が選んだ金額が高額である確率も低額である確率も1/2であったことと食い違います。

これは、いったいどういうことなのでしょう?

5 夫 2017/01/30(月) 10:43:36
>横山さん

自分の選んだ金額が、高額の場合と低額の場合とで世界が異なるので、一緒にして期待値計算ができないということではないのでしょうか。

だから仮に500円を選んだとして、もう一つの封筒に交換するときの期待値を計算しようと思っても、情報が足りない。
自分の選んだ金額が、高額か、低額かを知る必要があるわけですが、知ったらもう一方の封筒の中身の金額もわかっちゃうので意味はありません。

という風に理解しましたが、どうでしょうか。

6 横山 2017/01/30(月) 12:35:04
なるほど。ということは、
最初の封筒の中身が500円だったときに交換した場合の期待値は625円だとするのが間違いであるばかりではなく、この問題設定だけでは500円だとすることもできない。交換した場合の期待値が求められると考えること自体が間違いだった。
・・・ということなのでしょうか?

7 夫 2017/01/30(月) 14:20:00
>横山さん

と思ったのですが、自信はありません。

8 横山 2017/01/30(月) 14:31:08
次の想定では明らかに期待値は有意味だと思えるのですが、二封筒の問題の想定とどこが違うのか。そこがよく分かりません。こういう想定です。

ある人が500円持っています。HとLの2枚のカードのうち1枚を引いてHが出たら500円は1000円と引き換え、Lだったら250円と引き換えます。カードを引かなければそのままの500円です。カードを引く方が得かどうか?
という想定です。

この場合は問題なく、期待値を625円だとしてカードを引く方が徳だと確定できる、と思われます。
この想定だと、交換する相手が1000円である確率が1/2で、250円である確率が1/2であることが、想定自体に組み込まれていてはっきりしているから期待値を計算することに意味がある。けれども、二封筒の問題の想定では交換する相手が1000円である確率が1/2なのか1/3なのかそれ以外なのか想定からだけでははかり知ることができない。だから、二封筒の場合の期待値を計算することには意味がない。
と、こういうことなのでしょうか?

9 横山 2017/01/30(月) 14:38:56
2封筒とHLの2カードとは、どこが違うのだろう?

10 横山  2017/01/30(月) 22:21:43
夫さんが示してくださったサイトの解説は、とても丁寧でわかりやすくすばらしいです。でも、すこし、納得できない部分があります。次の部分です。

「ここに封筒の(輪ゴムで合わせた)ペア、三組がある。それぞれの封筒には紙幣が入っていて、それぞれのペアの金額が { 5000,10000 } { 10000,20000 } { 20000,40000 }で あることは、あなたも友人も知っているが、封筒の外観はみな同じなので、どの封筒のペアがどの金額のペアなのかまではわからない。あなたは、三組の封筒のペアの中から、無作為に一つのペアを選んだ。そして、そのペアの片方("封筒a"とする)を あなたがとり、もう片方("封筒b"とする)を友人がとる。すると、あなた達は「お互いに封筒を交換してもよい」と言われる。そして、あなたが封筒a の中身を確認すると1万円でした。一方、友人が 封筒b の中身を確認すると2万円でした。」
という状況を提示したうえで、そのような、封筒の中身の金額の有り様のパターンが有限でそれが公にされている状況でも、「封筒a を選んでいれば、封筒b に交換したほうが得であり、封筒b を選んでいれば、封筒a に交換したほうが得である」という結論が得られることがパラドクスであるとしています。

これは本当にそうなのでしょうか?
封筒の中身の金額の有り様のパターンが有限でそれが公にされている状況では、それぞれが交換した方が有利だとする計算結果が得られたとしても、僕には何ら困ることがないように思えます。パターンが有限であるなら、そのパターンの最大最小の限度のところで交換の対称性が崩れるところができてしまって、「これが限度額なのだから交換したら損」と判断されるような場面がでてくるので、パラドクスは解消されると思われるのです。

この確率問題の抱えている、もっとも深刻な問題はパターンが有限から無限に投げ出されてしまっているところにあるように思えて仕方ないのですが、どうなのでしょうか?もう少し考えてみたいと思います。

11 横山 2017/01/30(月) 23:06:17
2封筒とHLの2カードとは、金額のパターン数が実無限と可能無限の違いなのではないだろうか?
2封筒は無限が悪さをしているところに真の問題があるのじゃないのだろうか?

12 横山 2017/01/31(火) 00:03:35
いくつかの解説サイトをみましたが、この問題に答えているサイトには胡散臭いのもずいぶんあるみたいですね。
そのなかで、僕は
http://www.yaokisj.com/mattopic6.html
がもっとも信頼できるように思いました。それによると、無限集合において「偏らない選択」が出来ない(難しい)ことがパラドクスを生む原因らしいです。

13 横山  2017/01/31(火) 23:22:57
確率問題って、この僕が生きている現実世界とこの僕が希望を持って生きることとの関係を問うための考察が隠されているような気がして、さらに興味深く思えてきました。

このレスの初めに僕は「この人は取り替えるべきか?」と問うた。しかし「べきか?」って問いはそんなに簡単に問えるものではなかったのかもしれない。
実際に自分が引いた封筒の中身が500円で、後で確かめたら残りの封筒に入っていた金額が1000円だったというとき、後でわかる視点(或いは神の視点とでもいうべき視点)において、私は「取り替えるべきだ」と言えるだろう。しかし、現実に生活を生きていくときに、そのような後から分かる神の視点を先に持ち出すわけにはいかない。私は今「封筒の中は500円だった」という情報しか持っていないのだから、その情報だけからどうにかしてもう一つの封筒の中身を占える方法を考えねばならない。
そこで、「残りの封筒の中身を1000円のときと250円のときとが1対1とする」。そうするときに、もっとも偏りのない設定をしたと考えて良さそうに思えるし、その設定から正しい判断が導き出せそうだと思える。
しかし、本当にそうか?
「偏りのない可能世界の設定」って一体どういうことを考えて組み立てるべきなのだろう?
我々は、別に何らかの仮定や前提を置かなくても元々存在しているような、偏りのない可能世界っていうものの捉え方が、実在していると考えていたから、能天気に、無防備に、何も畏れずに、「取り替えた方が得なのか損なのか、その本当の答え」などというものがあると思い、それが問えると思い込んでいただけではないのか?

問いにおける可能世界をどう考えるかの設定をしなければ、「取り替えた方が得なのか損なのか、その本当の答え」なんていうものも無く、何も設定しないままであれば「偏りのない可能世界」などというものも無いのじゃないだろうか。

・・・っていうような、偏りのない可能世界の不可能性・偏りのない可能世界の非実在性が、「無限集合においては「偏らない選択」が出来ない」ってことに直結しているような気がしています。

14.横山 2017/02/01(水) 22:23:21
その封筒が高額な方である確率は正しく1/2であろう。しかし、そのことは、封筒の中身が500円だったときにそれが250対500においての500円なのか500対1000においての500円であるかの、ありやすさが1:1であることを意味しない。
それゆえ、手元にある500円が高額な方である確率は1:2だと言えるともできるのだが、同時に、その500円が250対500においての500円である確率が1:2だとは言えないともできるはずだ。
って、それで合ってるのかな?

15 横山 2017/02/02(木) 00:26:19
封筒が高額な方である確率は正しく1/2だ。この1/2という数は僕が10000回封筒を選んだときにほぼ5000回高額な方を選ぶということを示すものだ。
しかし、その1/2は封筒の中身が500円であるときのその500円が250対500においての500円である確率が1/2を示すものではない。1/2の確率であると言えるのは僕が引く方が高額な方であるということの確率だというだけで、僕が引く封筒が250対500なのか500対1000なのかの比率とは何の関係もない。10000回500円を引いたならそれが250対500においての500円である場合がほぼ5000回あるはずだということが、問題設定から論理的に導出できるとは限らないのだ。
僕が引く封筒が高額な方である確率が1/2だというのは問題設定の時点で明らかにされているが、その封筒の中身が250対500なのか500対1000なのかの比率は問題設定のなかには何も表れておらず、謂わばすべて胴元に任されているのだ。
手に取った封筒の中身が500円だったことから封筒を交換したときの期待値を625円だとすることには何の根拠もないのだ。

たとえば、胴元が250対500の二封筒を用意するか500対1000の二封筒を用意するかの比率を3:1にしていたとして、プレーヤーの僕がそれを知っていたときに初めて、交換の期待値を計算できることになる。
(3/4)×250+(1/4)×1000=437.5
で交換の期待値は437.5円だから交換しない方が得だと判断できることになる。

でも、その比率が問題設定の時点では指定されていないのだから、期待値が計算できるはずがない。
手元に500円を見たとき、その500円を見ただけではそれが250対500においてのものなのか500対1000においてのものなのかの比率は、そこにすでに示されているとすることができるようなタイプの数値ではなく、恣意的な数値でしかないものだった、ということなのだろう。

16 横山 2017/02/02(木) 11:43:55
250対500の封筒なのか500対1000の封筒なのかの比率を1:1だと設定してしまえば、交換した方が得だと言い切れるのではないか?
しかし、そのパターンに上限があるなら一概に交換した方が得とは言えない。
例えば、250対500の封筒対と500対1000の封筒対を1つずつ用意するとする。そして、自分が引いた金額が500円だったならその500円が250対500のものなのか500対1000のものなのかの比率が1:1だとすることができるので、交換したときの1/2の確率で250円になり1/2の確率で1000円になると期待することには意味がある。期待値625円なので交換した方が得だと言い切れるはずだ。はじめの手が250円だった時は交換したら必ず500円になるのだからもちろん交換した方が得だ。でも、はじめの手が1000円だったら交換したら必ず500円になってしまうのだから交換しては損だ。だから、封筒の中身がこのようなパターンの時には、手札が何円でも必ず交換した方が得だとは言えない。
同様に考えると、パターンに上限があるならば一概に交換した方が得だとは言い切れなくなることがわかる。

では、パターンの上限を無くし無限の可能性があると想定して同様の考察をすれば、手札がどんな場合でも交換した方が得だと言えるようになるのだろうか?
実際に無限の二封筒のパターンを用意することなど不可能であるが、そこは思考実験のご都合主義で乗り越えられることにしてしまおう。
そうすると、どんな手札が来ても、私に与えられたその額は私が確かめないでいても、すでにこの手の封筒の中に入っているのだから、私が知らないだけで何か確定した額であるはずだ。その額をA円とする。この時、これと交換し得るもう一つの封筒の中は(1/2)×A円か2A円かであり、設定からそれぞれ1/2の確率である。だから、その額の期待値は1.25A円と算出され、取りかえた方が得だと推論される。
しかし、封筒の中身を確認しないでも取りかえた方が得だなどというのは、おかしい。

どこがおかしいのだろうか。

17 横山 2017/02/02(木) 12:21:10
封筒の中身のパターンに上限がなくどのパターンも同じ比率で出現するという想定をすると、はじめの手札の中身を確認しなくても交換した方が得だと計算されてしまった。
これは変だ。
どこがおかしかったのか?

問題はやはり無限にあるのではないか?

この設定では、最初の手札の額を確認する以前であれば、その額の期待値は無限大になってしまう。だから、その無限大の額にAという定額としての値を当てはめたり、仮想であっても某かの固定値だとして計算したりすることなどできない。
というのが答えなのではないか。

(はじめの手の期待値計算。
封筒の中身のパターンを、1円と、その2倍と1/2倍、そして4倍と1/4倍・・・と、増やしていきその平均を考えるとすると、
lim(n→∞)(n^2-(1/
2n))/(2n-1)
と立式でき、∞に発散する。それゆえ、はじめの手の期待値は額を確認するまでは無限大である。)

だから、金額のパターンが無限であっても手を見ないでも交換した方が得とは言えない。もちろんパターンが有限であれば交換した方が得とは言えない。

ならば、それ以外の場合なら良いのか?金額のパターンが偏りのない無限で、はじめの手の金額を確認する、とすれば、その時はいつでも交換した方が得だといえるのだろうか?

18 横山 2017/02/02(木) 21:40:43
問1)金額のパターンが偏りのない無限で、はじめの手の金額を確認する、とすれば、その時はいつでも交換した方が得だといえるのだろうか?

答え)言える。

一定値a(例えば500円)を基準として、その2倍4倍・・・1/2倍1/4倍・・・と無限に繋がっていく等比級数を考える。・・・125円、250円、500円、1000円、2000円・・・という級数(a×(2^n)で、nが-∞及び∞になっていくもの)  を考える。
そのような数列を作っておいて、それぞれの項に対応した封筒対を一つずつ用意しておく。すると、無限の可能性のなかで、250対500の封筒対が選ばれる可能性も、500対1000の封筒対が選ばれる可能性も、1000対2000の封筒対が選ばれる可能性もすべて同等で均一の比率で選ばれる設定だと言えるものになる。
金額のパターンが偏りのない無限になっている、と言えるものになる。

それなら、この設定でランダムに封筒対を選び、その対から一つの封筒を選んだとして、その中身を確認した場合、その封筒は取りかえた方が得だと言い切れるのだろうか?
ただし、ここで「取りかえた方が得」と言ったのを、十分に多数の同様の実検をしたときに得る金額の合計を比べて、取り替えないときより、取り替えたときの方が上回るという意味だとするなら、その判断はできるとは限らない。
だって、無限に用意した封筒群からランダムに選んだ金額の合計を出そうとしても、その金額が有限の値ではなくなってしまって、どちらが多いかという比較ができなくなってしまうからだ。

そこで、ここで比べるのは、無限に用意した封筒のなかから一定値(例えば500円)を選んだという奇跡が、十分に多数の回数起こったときにその得られる合計金額を比べるべきだということになる。
そして、そのような奇跡を想定して計算するなら、この場合、はじめの手の500円は交換した方が得だと言って良い。

(もしかして、例会で三浦氏の解答「一定値を設定していてその金額の時には交換すべき(だったっけ?)」が紹介されていましたが、それもこのような主張を言ったものなのでしょうか?)

問い2)金額のパターンが無限であることを確保できない場合でも、交換した方が得だといえるか?

答え)偏りのない金額パターンが確保されていて、自分の手がそのパターンの上限ではないことが確認できるのであれば言えるが、そうでなければ言えない。

しかし、思考実験だとしても、無限の封筒対を用意してそのからランダムで封筒を選ぶなどという作業は不可能である。
だから、実際にそのようなことをするならば、胴元にある程度多数の封筒対を用意してもらったうえで、自分の引いた金額が胴元の用意した封筒対のうちの上限ではないことを胴元に教えてもらう、というのが現実的な「やり方」であろう。「胴元さん、僕の手は500円だったんだけど、1000円以上の封筒も用意した?」って。
胴元がこれに「イエス」と答えてくれるなら、その情報によって、「僕」は交換した方が得であるとする根拠を得ることになるので、交換すべきだと言えることになる。

金額に偏りのない無限の封筒対を胴元に用意してもらうか、有限であっても自分のはじめの手が用意された金額の上限でないことを教えてもらえるかするならば、我々は根拠を持って交換した方が得だとすることができる。
ってことだろう。

そして、そう考えて、当初の問題設定を振り替えると、
胴元は一つの封筒対しか用意していない。だから、「僕」が引いた金額が500円だったとして、「胴元さん、僕の手は500円だったんだけど、1000円以上の封筒も用意した?」って聞いても胴元は答えられるわけがない。用意したのは250対500か500対1000でしかあり得ないのだから、それに答えては「僕」に封筒の中身をすべて打ち明けることになってしまうからだ。でも、「僕」はそれを知らせてもらえないのであれば、交換が得になるかどうかの有効な根拠はまるで何も得られないので、判断できない。
だから、「最初の問題設定では、どうしたって有効な根拠をもつ判断はできない」というのが答えだったとして良いように思います。

長々と書きましたが、僕の考えたことは以上です。

19 横山 2017/02/02(木) 22:04:07
結局、交換によって手が二倍になる可能性についての情報を得ているか否かによって、同様の状況で交換したときの期待値が現状より上回り得るか否かが決まる、ってことじゃないかと。
それがはっきりされないまま問題を解こうとしても無理だ、ということかと。

20 横山 2017/02/02(木) 22:23:00
そして、この問は、
封筒対がどのように用意されているかという設定をどう組むかということ自体に、可能世界のあり方が組み込まれているのだし、組み込まれざるを得ない、
つまり、いかなる未来の可能性も世界の設定の解釈によって構成されるもの以上のものではあり得ない、
という教訓譚だったような気がします。

21 横山 2017/02/03(金) 09:14:51

現時点での結論として、

「僕」が500円を交換したときに250円を得るか1000円を得るかの確率は、胴元が250対500の封筒対と500対1000の封筒対を用意する比率に懸かっているものであって、「僕」が封筒対のうちの高額な方を引いたかどうかの比率とは全く別で関係ないものだ、というのが勘違いの元凶だったということだろう。

僕が高額な方を引く確率が1/2であり、この手に500円があるのであれば、この500円が封筒対のうちの高額な方である確率が1/2だと結論付けて良いように思える。しかし、これが間違いだった。

「ここに1対の封筒対がある。その封筒の1つを選ぶと中身は500円だった」という記述から、胴元が250対500の封筒対と500対1000の封筒対を用意する比率が1:1であるということを読み取ることはできない。胴元が250対500の封筒対と500対1000の封筒対を用意する比率は、1:1でも、1:10でも、0:1でもどうにでもなり、どの可能性もあり得る。

例えば、胴元が250対500の封筒対と500対1000の封筒対を3:1の比率で用意していたとしても、僕が封筒対の高額な方を選ぶ確率は正しく1/2であると言える。それは、様々な額の封筒対のそれぞれで高額な方と低額の方に分けたときの片方を選ぶという意味での1/2である。

しかし、それは、僕が取ったのが500円だったときにその500円が封筒対のうちの高額な方である確率が1/2であることとは何の関係もないのだ。胴元が250対500の封筒対と500対1000の封筒対を3:1の比率で用意したのだったら500円が高額な方である確率は3/4であって、決して1/2ではない。

僕が封筒対の高額な方を選ぶ確率が1/2であることから僕が取った500円が高額な方である確率も1/2であることを導出するためには、250対500と500対1000の封筒対が偏りなく出現するとする前提が必要であるのだが、それは、「ここに1対の封筒対がある。その封筒の1つを選ぶと中身は500円だった」という記述には含まれていないのだ。

そう考えると、夫さんがレス5で、「自分の選んだ金額が、高額の場合と低額の場合とで世界が異なるので、一緒にして期待値計算ができないということではないのでしょうか。だから仮に500円を選んだとして、もう一つの封筒に交換するときの期待値を計算しようと思っても、情報が足りない。自分の選んだ金額が、高額か、低額かを知る必要があるわけですが、知ったらもう一方の封筒の中身の金額もわかっちゃうので意味はありません。」と仰っていたのは、正しくど真ん中の本質的な解答だったのですね。

twitterはじめました

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コメント

横山さん
先ほどのブログ消してしまわれたようですので、ここにコメント致します。
私は暫く前からこうしてます。ご参考まで。
マイページ画面から→「ブログを書く」→「記事を書く」→「管理」
→右のほうの「便利メニュー」の中の「設定」に「コメント/トラックバック
の設定」があります。それをクリックすると「公開の承認」の項目があり
ますので「コメント公開を保留」に☑をすれば、投稿されたコメントは、
承認されるまで公開されずに保留されます。
ブログにコメントが入れば登録メアドにメールが来ますので、それで誰
からのコメントか(内容も)分かります。悪質なコメントは承認しなければ
公開されないままになります。
すべてのコメントにその承認操作がその都度必要になりますが、悪質な
コメントはやがて来なくなります(公開されないので)。

平戸さん、そんな方法ごあったのですね。これは本当に良い情報を教えてもらいました。有難うございます。参考にさせてもらいます。

こんにちは
まだ見てくれているか分かりませんが、自分の考えを書きます

封筒が二つあって、片方にX、もう片方に2X、入っています
どちらかを自由選択して手に取ります
もしXの方の封筒を手に取っていたなら、もう片方は2Xです
もし2Xの方の封筒を手に取っていたなら、もう片方はXです
封筒を交換する行為を記号「⇒」で表現するなら
X ⇒ 2X ・・・①
2X ⇒ X ・・・②
の二つの状態が考えられ、交換する方がよいか、どうか迷っている状態ですね
ここで、今の置かれている状態が、①である確率と、②である確率は、ともに1/2です
なぜならそれぞれXと2Xが入っている2つの封筒から
1つを自由選択したからです、まったくの裏表になってます
ここで、今の置かれている状態の期待値を求めます
①と②は共に1/2の確立なので①と②を足して2で割ればよいです
すると、1.5X ⇒ 1.5X ・・・③ となります
③の左辺の意味していることは、今持ってる封筒はXか2Xか五分五分なので
期待値は1.5Xであるということです
同様に右辺が意味しているのは、他方の封筒の期待値も1.5Xであるということです
両者ともに期待値が1.5Xであるので、交換しても、交換しなくても
期待値は同じで、どちらが得とは言えず、イーブンである、ことが分かります

ここで、手に取っている封筒を開けてみます
10000円が入っていることを確認しました
交換しなかった場合の期待値は10000円で確定します
既に③で期待値は求めてあるので、左辺が10000円になるようにXを調節します
1.5X=10000円であるので、X=6666.666....円であることが判明します
封筒の中身を確認したことで今回の場合のXの具体的な値が定まりましたが
逆にいえば、ただそれだけのことです
封筒を交換した場合の期待値も1.5Xですので、当然、求めるべき期待値も10000円となり
交換しても、交換しなくても、期待値は同じです、割と自明ですよね

ではなぜ間違った期待値の計算をしてしまうことがあるのかですが
①と②の左辺に10000円を突っ込んでしまうからです
①の左辺に10000円を突っ込むと、X=10000円となり、右辺は20000円になります
②の左辺に10000円を突っ込むと、X=5000円となり、右辺は5000円になります
ところがここで明らかに問題が発覚してますが、①と②でXの値が変わってしまっています
もとより①と②のXが同じ値であることを前提に数式や理論を組み立ててきたわけですから
これはおかしいです
Xが同じ値を意味していないのであれば、連立させて、足したり引いたりできないです
片方にX=10000円を入れて、もう片方にX=5000円を入れたなら、もう単純な足し引きは出来ないです
なので、右辺の20000円と5000円を足して2で割っても正しい期待値は求まらないのです
Xの値が違うことで、①と②の数式の重みとでも言いますか、意味合いといいますか
スケールが別になってしまっているわけです
20000円と5000円を安易に足すのは、mとcmを単位変換せずに足しているようなものです
だから変な答えが出るのですね

ななしさん、見てますよ。
コメントありがとうございます。

素晴らしい回答だと思います。ななしさんの回答では、封筒を代えても期待値が変わらないことが自明だとされていますが、確かにそれを自明とすることも可能だと思います。
しかし、それが自明でない場合も想定可能だとする問題設定だとする考察が僕のブログ本文です。問題設定をどちらにするかによってそこはどちらにでも転ぶので、僕の考察とななしさんの考察のどちらが正しいかもないとも言えるでしょうし、どちらも正しいとも言えるかと思います。

こんにちは

2月3日時点の結論でおおむね正しいと思いますが,一度こちらもご覧ください
http://7qby.wiki.fc2.com/wiki/%E5%B0%81%E7%AD%92%E3%81%AE%E3%83%91%E3%83%A9%E3%83%89%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9

よろしかったらコメントお願いします

科学を科学さん、コメントありがとうございます。ご案内のサイト拝見しました。僕の考察と同様の内容を、僕の考察なんかよりもずっとスマートに説明されていて分かりやすいと思いました。
僕のはただの、悩んで壁に衝突しまくった考察の記録ですので、まったくまとめにはなっていません。まとめを求められる読者はそちらを読まれた方が良いでしょうね。

横山さんへ  
 初めて投稿します。私なりの思いつきで、間違っているかもわかりません。
 見た金額をA、残りの金額をB、金額比を1:C(C >1)とします。封筒の金額が小さい方か大きい方かは、金額がAに決まると、どちらもAでの、同じAが小さい方か大きい方か、のことになります。
 そのために、今ある2つの封筒の組だけでの、確率比が1:1の、AかCAか、あるいはA/CかAか、のことではなくなって、AとCAの組のAか、A/CとAの組のAかの、BがCAかA/Cか、のことになります。それで、金額を見ると、小さい方か大きい方かの確率比が、実際に変わるのだと思います。
 この2つの組の確率比は、Aを2度交換した時の期待値が、もとの封筒の金額のAになることから、1:Cと求まります。したがって、BがCAかA/Cかの確率比は、1:Cで、Aを交換した時の期待値は、Aということになります。(7月末に初めて、はてなブログにアップしました。https://awakuntan.hatenablog.com/
                         投稿 粟田 毅 

粟田さん、ようこそいらっしゃいました。歓迎します。

粟田さんのやり方を十分に理解できてないのですが、疑問があります。
僕の解釈では、そのやり方は、
最初に見た金額Aに対して、それを交換したときの期待値を
A×f
というような、Aに某かの係数を掛けたものとして表せる。とし、
さらに、その操作を二回繰り返すことで、封筒の交換を二回繰り返したことを表せる、つまり、
(A×f)×f
でもって、封筒の交換を二回繰り返したときの期待値を表すことができる。
としていると解釈しました。

合っているでしょうか。

そして、
(A×f)×f=1
なのだから、
f=1
であることが言える。だから、
A×f=A
となり、一回交換したときの期待値はAそのままだと言える。ということになるという話だと解釈しました。

ここまで、合っているでしょうか。

でも、この解釈が合っているのだとしたら、
「さらに、その操作を二回繰り返すことで、封筒の交換を二回繰り返したことを表せる、つまり、(A×f)×fでもって、封筒の交換を二回繰り返したときの期待値を表すことができる」という話は、変なように思います。
それが言えることになってしまうと、どんな交換の期待値も、「変わらない」という導出に繋がりそうだからです。

そんな風に僕には思えたのですが、どうでしょうか?

はてなブログの方に、2回交換した時の図を描いて、もう少し説明を入れました。説明すると長くなるので、そちらを見ていただいて、その上でさらなる疑問点を教えていただければ、ありがたいです。ここで説明できなくて、すみません。

粟田さん、

はてなブログの方も見せてもらいましたが、ごめんなさい、よく分かりませんでした。
上の僕の解釈では間違っているということでしょうか?

1:Cである金額の、1つの値のAが小さい方か大きい方かは、今ある2つの封筒のうちのどちらを選んだのか、ということではなくて、BがもともとCAであったのかA/Cであったのか、のことであり、2つの封筒がもともと、AとCAの組であったのか、AとA/Cの組であったのか、ということです。この確率比を一定比と考えて、1:D(Dは定数)とおきます。そうすると確率は、Aが小さい方なのをX=1/1+D、Aが大きい方なのをY=D/1+Dとおけ、XもYも定数になります。Aを交換した時の期待値は、CA×X+A/C×Y=A×(CX+Y/C)となり、Aの定数倍になります。Bを交換した場合も同様に考えて、期待値はB×(CX+Y/C)となり、Bの定数倍になります。BがCAである場合も、BがA/Cである場合も、同様です。
 ここで、Aの2回の交換について考えます。

1回目の交換で、CAになる確率はX、A/Cになる確率はYです。
2回目の交換では、このCAがCCAになる確率がX、Aになる確率がYです。
           A/CがAになる確率がX、A/CCになる確率がYです。

したがって、1回目と2回目を重ねた全体での確率は、
          CAがCCAになる確率がXX、CAがAになる確率がXY、
          A/CがAになる確率がXY、A/CがA/CCになる確率がYYです。

以上より、Aを2回交換した時の期待値は、(CCA×XX)+(A×2XY)+(A/CC×YY) となり、この式を変形して、結果的に、A×(CX+Y/C)(CX+Y/C) となるわけです。
          

やっぱりわからないので、教えてください。

「1回目の交換で、CAになる確率はX・・・2回目の交換では、このCAがCCAになる確率がX、Aになる確率がY」

ということですが、

「AがCAになる確率がX」であったとしても「Aが1回目の交換でCAになったという条件下で、そのCAが『2回目の交換で』CCAになる確率はXである」がなぜ言えるのか。
「AがCAになる確率がX」であったとしても「Aが1回目の交換でCAになったという条件下で、そのCAが『2回目の交換で』Aになる確率がYである」がなぜ言えるのか。

が分かりません。
つまり、

「Aを一回目交換する時に、そのAが増える確率」と「Aが一回目増えたとする条件下で、そのAが2回目に増える確率」は必ずしも同じとすることはできないのじゃないか

という疑いです。

やっぱり、僕の解釈がずれているのでしょうか?

僕の解釈では、そこに不要な恣意性が入り込んでないかと疑ってしまいます。

Aを1回交換すると、それはBであるということです。Bを交換すると、CBになる確率が、Aを交換してCAになる確率と同じでXなので、B=CAの場合には、交換するとCB=CCAになる確率が、Xであるということです。
Bを交換してB/Cになる確率も、Aを交換してA/Cになる確率と同じでYなので、B=CAの場合には、交換するとB/C=Aになる確率が、Yであるということです。

粟田さんの解釈で上手くいくのであれば、
交換する前のAの封筒の中身の金額を確かめ、さらに、一回目に交換した時にBの封筒の中身の金額を確かめたとしても、
(つまり、二つの封筒の中身を知ってる場合でも、)
二回目の交換でその金額がCBになる確率がXになることになってしまいませんか?

何が言いたいかというと、

仮に胴元が無限な金額でも用意可能で、最初に引いた封筒の金額がいくらであろうともそれを交換するときに中身が2倍になる確率も半分になる確率もどちらも1/2であることが分かっているとします。
そして、最初に引いた金額が500円だったとすると、一回目に交換したときの封筒の中身の期待値は625円になるはずてす。
つまり、この時の最初の交換では、金額が1.25倍になると言えます。

さて、今手に持っている封筒が「500円を一回交換して期待値625円になっているものである」ということを知っているなら、その、今手に持っている封筒をさらに、もう一度交換した場合の期待値はどうなるでしょう。
それはすでに500円だということを知っています。
だから、625円のさらに1.25倍を計算して、781.25円を期待するのは意味がないのではないでしょうか。

粟田さんの計算は、それをされているのではないかと疑っているわけです。

どうでしょうか?

そうなってしまいます。そこでいろいろ考えましたが、これは、Aと、CAである場合のBを、互いに交換する場合について考えればよいのではないかと思います。
 A側にとっては、相手がCAかA/Cかはわからないので、A/Cになる可能性が出てくるわけです。
CA側にとっても、相手がCCAかAかはわからないので、CCAになる可能性が出てくるわけです。

 そういうわけで、かなり強引ですが、ここは、1回目の交換と2回目の交換の間に、最初の値が何だったのかを忘れてしまうだけの長い期間をおくなどして、2回目の交換のときには、最初の値を忘れていてわからない、という設定にでもする必要があるかもわかりません。これは気が付きませんでした。

そうなってしまいます。そこでいろいろ考えましたが、これは、Aと、CAである場合のBを、互いに交換する場合について考えればよいのではないかと思います。
 A側にとっては、相手がCAかA/Cかはわからないので、A/Cになる可能性が出てくるわけです。
CA側にとっても、相手がCCAかAかはわからないので、CCAになる可能性が出てくるわけです。

 そういうわけで、かなり強引ですが、ここは、1回目の交換と2回目の交換の間に、最初の値が何だったのかを忘れてしまうだけの長い期間をおくなどして、2回目の交換のときには、最初の値を忘れていてわからない、という設定にでもする必要があるかもわかりません。これは気が付きませんでした。

さらに考えましたが、これは、2回の交換より、2つの封筒を互いに交換しても合計金額が変わらないことから、期待値を導いたほうが、簡単に行くかもわかりません。ひょっとすると、ブログを書き換えるかもわかりません。

はい、また新しいお考えがまとまったら教えてください。

2つの封筒問題の解法ですが、修正しました。またご意見をお聞かせいただけましたら、ありがたいです。

【問題】 2つの封筒に小切手が入っていて、金額比は1:2である。
     一方を選んで金額を見ると、一万円であった。
     もう一方と交換すると、損か得か、確率的に見てどうだろうか。

【解答】 見た金額をA、残りの金額をB、金額比を1:C( C>1)とおく。

封筒の金額が小さい方か大きい方かは
Aに決まると、どちらもAでの、
同じAが小さい方か大きい方かのことになるので、

確率比が1:1の、今ある2つの封筒の組だけでの、
値の違う小さい方か大きい方かの、
AかCAか、あるいはA/CかAか、のことではなくなって、

AとCAの組のAか、A/CとAの組のAかの、 BがCAかA/Cかのことになる。 

(どちらかにAのある組の、2組全体での、合計での確率比が1:1の、
 小さい方のAまたはA/Cか、大きい方のAまたはCAか、のことでもなくなる。)

この確率比を1:D、確率をX=1/1+D、Y= D/1+Dとおく。
Aを交換した人の期待値は、CA×X+A/C×Y=A×(CX+Y/C)

BはCAとA/Cとが考えられるが、あるのはどちらか1つでしかないので、
ある方のBを見た人を考えると、
Bを交換した人の期待値は、CB×X+B/C×Y=B×(CX+Y/C)

2人が互いに交換した期待値の合計は、
もとと同じ2つの封筒全体の金額なので、
A×(CX+Y/C)+B×(CX+Y/C)=A+B
     (A+B)×(CX+Y/C)=A+B
      よって CX+Y/C=1 で、交換しても期待値は同じである。
  
C/X=C(1+D)をかけて CC+D=C(1+D)
       CC−C(1+D)+D=0
        (C−1)(C−D)=0  C>1より D=C

よってAを交換した期待値はAで、BがCAかA/Cかの確率比は1:C。
したがって、一万円を交換しても期待値は同じで、損得はない。

BがCAかA/Cかは、例を増やして全体で考えれば、
確率比は例の個数比であり、期待値の個数倍が全部の例の合計値なので、
期待値がAに決まれば、確率比はつるかめ算でも解けるし、
A からの増減量がC:1なのからも、個数比は1:Cである。

粟田さん、解説ありがとうございます。

でも僕にはまだよく分からないです。

粟田さんの捉え方では、
〈「Aから見たDの値」と「Bから見たDの値」が等しいとする前提と、
「2回交換すれば元の金額に戻る」とする前提を
両方とも同時に前提できる〉
とされているように思われるのですが、それができるのか、という疑問です。

たとえば、こんな具体例を考えてみます。

〈具体例1〉
あり得ないことかもしれませんが、「胴元が無限にあらゆる金額の封筒を同じ確率で用意できるように準備しておく」とします。
最初に引いた封筒の中身がどんな額であろうと、
その封筒を引いた人から見て「交換するもう片方の金額が半額である確率」が1/2で、
「倍額である確率」が1/2になる様に準備するということです。
これは、粟田さんのいう「D」が、誰から見ても、封筒を引く人から見るとするならすべて「1」だという状況になるのじゃないでしょうか。

このとき、
A、B2人が封筒を引いて、Aが500円で、Bが1000円だったとしましょう。
その封筒の中身を知っている胴元から見れば、Aが交換して得られる金額の期待値は(中身を知ってるのだから)1000円ですし、Bが交換して得られる期待値は500円とするのが「妥当」でしょう。
しかし、AとBにとっての期待値は、(相手の中身を知らないのだから)前提の「D=1」から計算するしかありません。
だからAにとっての期待値は、半額の250円の確率1/2と、倍額1000円の確率1/2とを合計して「625円」と考えるのが「妥当」なはずです。
同様にBにとっての期待値は、半額の500円の確率1/2と、倍額2000円の確率1/2とを合計して「1250円」と考えるのが「妥当」なはずです。

そこで僕は、ここから考えるべきなのは、次のようなことではないかという気がします。
すなわち、この状況で、「AとBと両方の手の内を互いに知らないで交換するということ」は、
「合計額が同じになるとは限らない」という前提にしなければ、誰から見ても「D=1」とはできない。ということじゃないか、ってことです。

たとえば、また別の具体例を考えてみます。

〈具体例2〉
胴元が用意した金額が500円と1000円であることを知っている人が期待値を計算するとします。
(二人の合計額が交換しても同じであることを条件とする一つの具体的パターンを考えるためです。)
そしてAが500円を引き、Bが1000円を引いたとします。
このとき、Aから見れば交換すれば倍額になることは確実ですので、「AにとってのD」は「0」 になるのじゃないでしょうか。
また、このときBから見れば半額になることは確実ですので、「BにとってのD」は「∞」になるのじゃないでしょうか。

これは、極端な例を挙げましたが、
そこで僕は、ここから考えるべきなのは、次のようなことではないかという気がします。
すなわち、この状況で、「AとBと両方を交換しても合計すれば同額であると判断できるということ」は、
「誰もが同一の『D』の値を持つとは限らないという前提にしなければならない。ということじゃないか、ってことです。

そう考えて、僕は
〈「Aから見たDの値」と「Bから見たDの値」が等しいとする前提と、
「2回交換すれば元の金額に戻る」とする前提を
両方とも同時に前提できる〉…とは限らない
のじゃないかと疑っています。

これで、僕の懐疑の内容が伝わればよいのですが、すみません分かりにくい表現になってしまったかもしれません。

あるいは、

粟田さんの「解」は、
〈「Aから見たDの値」と「Bから見たDの値」が等しいとする前提と 「2回交換すれば元の金額に戻る」とする前提を
両方とも同時に前提できる〉…とする場合に限った「解」である


と言ったほうが良いのかもしれません
どうでしょうか。

やっぱり、上手く伝えられていないと思われるので付け加えます。

僕の疑念をはっきりさせるために、2封筒の中身を2倍ではなく100億倍の金額とします。
そして、
「まず、2つの内の1つの封筒を選ぶ。それをそのまま受け取っても良いし、交換しても良い。交換すれば1/2の確率で100億倍の金額を受け取れる。つまり、一つの封筒を選んだ時点で、もう片方の封筒の中身が1/2の確率で『100億倍になる様に書きかえられる』」
というゲームを行うとする。ここで言う「1/2の確率」とは、このゲームを十分に大きな回数為したときにその回数のほぼ半数の回数で100億倍もらえるということである。
こういう状況を想定するならば、A氏は選んだ封筒を必ず交換した方が得なはずです。

僕が疑念しているのは、我々の問題
「二つの封筒にはお金が入っているがそとから中身はわからない。金額は不明だが、片方はもう片方の倍額入っていることが分かっている。この封筒のどちらか一方を選んでそのお金を得る。
さて、ある人が封筒を選んで中身を確かめたあとで、ディーラーからもう一つの封筒と取り替えても良いと言われた。この人は取り替えるべきか?」
においては、ここで示したような「十分に得だと言える交換」だと判断できる状況かもしれないことが排除されていない、(不十分な条件しか明らかにされていない、)ということです。


僕の疑念がこれで伝わればよいのですが。

私の解はその通りで、2つの前提が成り立つ場合の解です。
しかし私は、その2つは必ず成り立つものだと思います。

2回交換すればもとの金額に戻るのは、2回ごとに最初の封筒を持つことになるからです。

Aから見たDとBから見たDが同じというのは、次のようなことです。

混乱を避けるために、今ある2つの封筒の、少ない方の金額をS、多い方の金額をL、
Sの1/Cの金額をSS、LのC倍の金額をLL、自分のことをE、相手のことをF、
Eから見たDのことをDe、Fから見たDのことをDf、とします。
(つまり以後、Fが自分の金額と言えば、Fの金額。Fが相手と言えば、Eのことになります。)

EがSなら、交換すると、LかSS。EがLなら、交換すると、LLかSです。
ところが、最初見た金額をAとするわけですから、どちらも、CAかA/C、ということになります。

EがSならFはLで、交換すると、LLかS。EがLならFはSで、交換すると、LかSSです。
こちらも、最初見た金額をBとするわけですから、どちらも、CBかB/C、ということになります。

Eは自分がSかLかはわからないので、Sを交換する時のDeと、Lを交換する時のDeは、同じです。

Fも自分がSかLかはわからないので、Lを交換する時のDfと、Sを交換する時のDfは、同じです。

ところが、Eが交換しようが、Fが交換しようが、Sを交換する時のDは同じなので、De=Df。
Lを交換する時のDで考えても、EがしようがFがしようが同じなので、De=Dfというわけです。

粟田さんの解釈が正しいとすると、

↑の僕の問題変更のように、封筒の中身の金額比を、
「1:100億」
としても同様の解釈で、
「交換しても期待値は変わらない」
が得られるはずですよね。

でも、それはおかしいですよね。
最初に引いた金額に対して交換すれば期待値は50億倍以上が保証されているのであれば、交換しても同じという解釈にはならないはずです。

この、僕の解釈のどこが間違ってるのでしょうか

僕には、
粟田さんの説明にはどこまでも
一回目と二回目の交換時のDの値が等しいという前提が組み込まれている気がしてなりません。

僕の疑念をもう少し説明します。

>「Eは自分がSかLかはわからないので、Sを交換する時のDeと、Lを交換する時のDeは、同じです。
Fも自分がSかLかはわからないので、Lを交換する時のDfと、Sを交換する時のDfは、同じです。
ところが、Eが交換しようが、Fが交換しようが、Sを交換する時のDは同じなので、De=Df。」

というのは、かなり微妙な話で、二人がその封筒の中身を確認したのか、そして、その考察をどの時点でしているのかによって、「どの金額が確認できていて、そこで言われている確率の値をどのように解釈していて、どの時点での誰の解釈であるか」によって、その考察は代わり得るもので、最初の、問題文だけではその通りだと言えないかもしれない。

と思えるのです。

例えば、最初の封筒の中身を確かめるかどうかで、替えた方が得かどうかも、Dの予想値も、変わるかもしれません。
例えば、最初の封筒の中身を見たかどうか、一回目の交換のあとで中身を見たかどうかで、4パターンの金額に関する知識パターンが想定され得ますが、4つとも、替えた方が得かどうかも、Dの予想値も違ってしまう可能性は十分にあります。

なので、それらの認識状況やどの時点の誰の視点かや、そこで想定されている確率値の意味などを確定をしないままに、Dの値を考えてもあまり意味がないかもしれないように思えてなりません。

16時5分に投稿された件ですが、私の考えでは、2つ目の例だと、交換して増える確率は 1/1+2。
2つ目の例で金額比を1:100億にした場合を考えると、交換して増える確率は 1/1+100億になると思います。
 つまり日本人全員が100回ずつくらい引いて、延べ100億1回で一人が当たるような、宝くじのようなものになると思います。最初の金額が100円なら、1回当たった人は1兆円。残りの100億回のハズレの人は、延べ約1億人分集計されて、初めて1円として使える、仮想通貨のような形で渡されることになるんじゃないかと思います。ゲーム自体も、スマホでの封筒交換ギャンブルゲームのような形にするか、あるいは当たりが出るのをコンピュータまかせにして、回数を限って、実際に当たりが出る確率が非常に低いものとしてやらないと、人件費がパンクすると思います。

すみません。なぜ宝くじの話になるのか、なぜパンクしてはダメなのか、なんか新しい条件が入っているように思います。
「「まず、2つの内の1つの封筒を選ぶ。それをそのまま受け取っても良いし、交換しても良い。交換すれば1/2の確率で100億倍の金額を受け取れる。つまり、一つの封筒を選んだ時点で、もう片方の封筒の中身が1/2の確率で『100億倍になる様に書きかえられる』」
というゲームを行うとする。ここで言う「1/2の確率」とは、このゲームを十分に大きな回数為したときにその回数のほぼ半数の回数で100億倍もらえるということである。
こういう状況を想定するならば、A氏は選んだ封筒を必ず交換した方が得なはずです」

これだけの条件で、あとの想定はどんな巨額が出てきても無限に許容する、とすると、

交換した方が得なことは認められますか?


もちろんです。

粟田さん説明では、「Cは2とする」とは限定されてませんでしたから、「C=100億」
としても同じ考察によって、交換しても期待される金額は変わらないという結論が出てきそうに思われます。この齟齬はどこから出てくるのでしょうか。

粟田さんの考察では、
封筒の中身を確認してもしなくても、交換によって期待される「手元の金額と交換した金額の比」や、妥当に想定されるDの値は不変なままになってしまわないでしょうか?


僕は、そこに、もっと掘り起こせる考察の可能性があるように思われてなりません。

僕にとって、この二封筒問題は、確率というものが人間の認識状況と深く結び付いていることを考察するためのパズルだと思えてなりません。
我々の世界認識が不明なところで「分からない」ことに関して「取り敢えず、ある前提をしてみてその可能性のうちのどのくらいが現実化するか仮に想定してみよう」というだけのものが確率なのであって、「認識から独立な確率なんてものは無い」ということを、考察することが要求されているように思われてなりません。

あらゆる物的知識を持つラプラスの魔にとっては、サイコロで何の目が出るかなんてものは、それぞれ一回ずつの目が「1」の確率ですでに決まっているので、「1/6」の確率なんて値には意味を持てません。

同様に、両方の封筒の中身を開けてみたものにとっては、1/2の確率なんてのは今後の作業のための値で、今作業している封筒の中身とは関係しない値になるように思われます。

また、何も封筒の中身を見ないで交換するときと、最初の中身を見て交換するときと、最初の中身を知っているけど交換したあとの中身は知らないときと、最初の中身は見てなかったけど、交換したあとの中身は見たというときとでは、どれも、交換するときの期待するべき金額比や確率の意味は変わってしまうのではないか、と思われてなりません。

その辺りの考察をするためのパズルなのではないか、と思われるてならないのです。

互いに交換しても合計金額は変わらないし、見ないで交換しても期待値は変わらない。そのために、見て交換した場合にも、同じ現実に行き着くのではないかと思います。期待値や確率というのは一見抽象的なものですが、例の数を増やせばそれが具体的な形として現れてくるので、多数の中に属するものを無理やり切り刻んで扱っているようなものなので、ちょうど図を描かずに幾何学をやるととてもわからないように、考えるのが大変なのだと思います。封筒の交換では、2つの金額の関係にかなり特殊な条件でも持ち込まない限りは、原則的に、交換した期待値は1倍になるのだろうと予想しています。
 ただこの2つの封筒問題の解法については、私もあっていたらいいなあという欲を出して、半々ぐらいに見ていますが、いまからどんな矛盾点が出てくるかわかりません。
 全ての答えにはなっていないと思いますが、今日は勝手に退場します。長時間ありがとうございました。

粟田さん、来ていただけて楽しかったです。こちらこそ、ありがとうございました。

あまりお役に立てなかったかもしれませんが、これに懲りずまたお越し下さい。

追加ですが、8月5日投稿のDについては、2人が互いに自分の金額だけを見て、1回交換した場合に限っての内容です。2回目の交換については、横山さんに言われて、私もどうもそこまでは言えないんじゃないかと思って、まだ疑問点が解消されていませんし、それが影響しないような新しい応用も、まだ思いついていません。
 それと、EがしてもFがしても、Sを交換してLになるかSSになるかの確率比は同じというのは、この確率は、操作者の意志に左右されるものではないからです。(自分の金額だけを見ての、1回目の交換に限った話です。)

↑の記事本文で僕は
「自分の選んだ金額が、高額の場合と低額の場合とで世界が異なるので、一緒にして期待値計算ができないということではないのでしょうか」という夫さんという方の言をくりかえしています。
それは、次のような場面を想定しています。
すなわち、

A氏の最初手にした額が500円だったとき、B氏が手にした額は250円か1000円かのどちらかのはずですが、
B氏が250円を手にした世界と、
B氏が1000円を手にした世界とは、
まったく別の世界である。
なのでそれを何の前提もなしに一緒に計算してしまうことには意味がないし、仮にその計算をするのであればどんな前提があるかを精密に考察する必要がある。
・・・ということです。
しかし、2019年8月 5日 (月) 16時52分の粟田さんのコメントで、
>ところが、Eが交換しようが、Fが交換しようが、Sを交換する時のDは同じなので、De=Df。

とされているのは、Aの視点からもBの視点からも独立にそこに一つの「本当の現実世界」があってそれが確率計算に関わるという前提が組み込まれているのではないかと、疑われるのです。
確率計算をする時に想定すべきなのは、そのような実世界ではなく、さまざまな可能世界ではないでしょうか?
そうして、さまざまな可能世界が別々にあることを前提しそれに基づいた確率計算をするのであれば、
「Eが交換しようが、Fが交換しようが、Sを交換する時のDは同じ」
だとは必ずしも言えないように思えるのです。

二つの封筒にはお金が入っているがそとから中身はわからない。金額は不明だが、片方はもう片方の倍額入っていることが分かっている。この封筒のどちらか一方を選んでそのお金を得る。
さて、ある人が封筒を選んで中身を確かめたあとで、ディーラーからもう一つの封筒と取り替えても良いと言われた。この人は取り替えるべきか?

の解としては

①「最初の封筒の中身が500円だったときに、交換した場合の期待値は500円である」
と、
②「最初の封筒の中身が500円だったときに、交換した場合の期待値は625円である」
と、
③「最初の封筒の中身が500円だったときに交換した場合の期待値は625円だとするのが間違いであるばかりではなく、この問題設定だけでは500円だとすることもできない。交換した場合の期待値が求められると考えること自体が間違いだった」
と、

それぞれの解釈があり得る。

ということなのじゃないか、と。
どうなのでしょうか。

例えば金額の差がHと決まっていた時に、Aを見たならBは、A−HかA+Hか、です。
そしてこの時も、2つの封筒の組は、2通りになります。
ただAからBへの増減量が1:1であるため、A−HとA+Hの確率比も1:1になって、
一般に特に意識して注目されていないだけで、やはり今回の問題と同じ、いろんな意味を含んでいるのだと思います。

私の考えでは、Bが大きい方か小さい方かの確率比は、Aからの増減量の期待値が同じになるように、
釣り合って安定しているのだと思います。

たとえば一方の金額がもう一方の2乗である、という時に、Aの小切手が4円なら、Bは16円か2円。Aが小さい方か大きい方かの確率比は、2:12=1:6になると思います。
Aは常に、大きい方のBと小さい方のBの間にあって、両側のBとの距離の期待値に、はさまれて安定しているものだと思うのです。

なるほど、

>AからBへの増減量が1:1であるため、A−HとA+Hの確率比も1:1になって

ううむ。僕はずっと粟田さんの解釈ではDが一定だとされているところに対して疑問を挙げてきましたが、やっぱり僕の問題解釈と粟田さんのそれとで、その辺りの捉え方が基本的に違ってたみたいです。

僕の解釈では、次のような事態も状況として含まれ得ると思いますが、粟田さんの解釈ではそのような状況は排除されるのではないでしょうか。
すなわち、例えば、
胴元ディーラーが、1:2の金額の入っている封筒対(「500円と1000円」を2セット、「1000円と2000円」を5セット、「2000円と4000円」を3セット・・・、みたいな感じ)を複数セット用意しておいて、その中から、ディーラーが適当に1対の封筒を選んで、EとFの二人に封筒を選ばせる。というゲームの設定だった場合に、そしてその用意していた封筒の中身を期待値計算に関係させて良いとする。
すると、
Eが引いた封筒の中身が1000円だったとしたら、「500円と1000円」を2セットと「1000円と2000円」を5セットの合計7セットの内から選ばれた1000円だったと分かるので、交換したときに、期待されるパターンとして、500円が2/7の確率で出現し、2000円が5/7の確率で出現すると言える。

こう考えると、Dはディーラーの用意していた封筒対に中身によって変わり得る場合があると言えるように思います。

元の、問題課題文から、粟田さんの解釈のようにDが固定されると解釈されることもあるかもしれないし、僕の言うようにいろんなパターンがあるとして解釈することもあるかもしれない、と思われるのです。

誤解のないようにもう少し付け加えます。

交換される相手の確率比は、ディーラーの用意した内容に縛られるべきと言いたいわけではなく、
逆に、そのような恣意性はすべて排除されるべきなのじゃないかと、思われるのです。

つまり、
「交換しても期待値が変わらないような確率比になること」という条件にも縛られる必要がないような問題課題文の解釈もあり得るのじゃないかってことです。

つまりAが、大小のBの中心から偏るほど、確率の差は大きくなります。
小さい方のBに近いところのAを見てしまったので、
小さい方のB確率の方が、大きくなるというわけです。

離れれば離れるほど物が小さく見えるように、
大きい方のBと小さい方のBの割合も、
変わるわけです。

「胴元ディーラーが、1:2の金額の入っている封筒対(「500円と1000円」を2セット、「1000円と2000円」を5セット、「2000円と4000円」を3セット・・・、みたいな感じ)を複数セット用意しておいて、その中から、ディーラーが適当に1対の封筒を選んで、EとFの二人に封筒を選ばせる。というゲームの設定だった場合に、そしてその用意していた封筒の中身を期待値計算に関係させて良いとする。
すると、Eが引いた封筒の中身が1000円だったとしたら、「500円と1000円」を2セットと「1000円と2000円」を5セットの合計7セットの内から選ばれた1000円だったと分かるので、交換したときに、期待されるパターンとして、500円が2/7の確率で出現し、2000円が5/7の確率で出現すると言える。」

というような状況は、問題文には含まれないという解釈いかない、

ということですね

そうです。

粟田さんの想定では、
最初の封筒の中身を交換して2倍額になる確率は1/3になるはずってことで、あってますか?

また、
もし、そうであれば、それはディーラーがそのようになるように、封筒対の組み合わせを調整してるのだと考えることもできますか?

ディーラーが封筒のセットの割合を調整するのであれば、どちらが出るかの確率比は、その調整に左右されます。

私が考えている状況は、1:Cの金額比の封筒が1組だけあって、一方がAである場合に、残りの封筒が、CAである場合と、A/Cである場合の確率比が、1:Cであるということです。

だから、ディーラーがいくつかのセットを並べて、そういう確率に選ばれるように用意しておくということは、もちろんできます。

 

最後の文を次のように修正します。

だから、ディーラーがいくつかのセットを並べて、Aを選んだ場合にそういう確率に選ばれるように用意しておくということは、もちろんできます。

粟田さんの想定は、
ディーラーが「無作為に」1:2の金額になる1組だけを用意して封筒に入れるときに、最初の封筒を交換して倍額になる確率が1/3になるということですか?

僕の疑念は、「完全な無作為」が「全く前提がない」ということを意味するのであれば、そこに考察されるべき確率とはいかなるものを表す確率なのかがまるでその意味を失ってしまい、数値化させられなくなるのではないか、という点です。

粟田さんの場合、そこで計算された1/3という確率は何を意味する数なのでしょうか?
どんな可能世界の中と比較して確率の比率を考えたものなのでしょうか?

仮に、ディーラーが1/3で勝てるように操作したような場合と同じ確率になるような数値が計算されるのであれば、
その計算は、結局そのような数値が出るような前提が置かれた、或る意味で「恣意的」な場面設定が隠されていると疑われるように思われます。

ディーラーが、どんな多額になろうとも全く無作為に金額を選ぶとし、その状況を無限回繰り返すとしたときに、交換して勝つ確率は?

という課題であれば、単純に「1/2」になるはずですよね。

それが、「1/3」になるという話になっていますから、そこには問題解釈に何らかの「恣意性」が隠れていなければならないように思われるのです。


「単純に「1/2」」と言ったのは、

「ディーラーが、どんな多額になろうとも全く無作為に金額を選ぶとし、その状況を無限回繰り返すとしたときに、交換して勝つ確率」を、

もちろん「勝った回数/参加回数」というわり算でもとめて、「1/2」になるという意味です。

粟田さんの想定では、その分母がどんなものになると考えておられるのでしょうか

無作為であろうと作為的であろうと、1:Cの金額比の封筒が1組だけ用意されて、その一方の金額を見たなら、残りの金額がC倍であるか1/Cであるかの確率比が、1:Cであるということです。

ちょうど、金額の差がHである2つの封筒から、一方を選ぶ時に、選んだ金額に対して残りの金額が、H高い場合とH安い場合の確率比が、つまり2つの封筒がAとA+HなのかA−HとAなのかの確率比が、1:1であるような状況が、実際に選ぶよりも先にできてしまっているのと同じように、

1:Cの金額比の封筒を用意した場合に、一方を選ぶ前に、選んだ金額に対して残りの金額が、C倍である場合と1/Cである場合の確率比が、1:Cであるような状況が、実際に選ぶよりも先にできてしまうということです。

ディーラーが1組だけ用意した1:2の金額比の封筒の片方を選び、その後それを交換したときに、その額が2倍になる「確率」を計算するのに、

仮にディーラーがどんな多額になろうとも全く無作為に金額を選ぶとし、その状況を無限回繰り返すとしたときに、その「勝った回数/参加回数」というわり算で求めた値とする。

この確率の計算は、どこかおかしいですか。

1:C(C>1)の金額比の1組の2つの封筒から、どちらかを選ぶというゲームなら、勝った回数/参加回数=1/2です。

しかし選んだ金額を、自分が選んだ2つの封筒の残りの封筒と交換して、大きく増えるか小さく減るかという場合には、勝った回数/参加回数=1/2ではありません。参加回数が同じでも、大きく勝つのと小さく負けるのとでなら、勝つ確率は偏って、1/2より小さくなるのです。

最初の場合には、今ある2つの封筒のうちの、どちらなのかを比べているのですが、
下の場合には、一方は、今ない金額の封筒と交換することになるので、
今ある2つの封筒がAとCAなのか、A/CとAなのかの、1:1ではない確率比の勝負になるからです。

つまり見ないで交換した時は、BかAになるのですが、
Aを見て交換した時は、AにはならずにBになるので、今ない方のBになった場合を、比べることになるわけです。

ううむ。いよいよ、分かりません。???だらけです。

>しかし選んだ金額を、自分が選んだ2つの封筒の残りの封筒と交換して、大きく増えるか小さく減るかという場合には、勝った回数/参加回数=1/2ではありません。参加回数が同じでも、大きく勝つのと小さく負けるのとでなら、勝つ確率は偏って、1/2より小さくなるのです。

質問)そうであれば、このEさんがディーラーと勝負してるのだとするとき、Eさんの勝つ確率が1/2より小さくなって、ディーラーの勝つ確率が1/2より大きくなるのですか?それとも、Eさんもディーラーも二人とも勝つ確率が1/2より小さくなるのですか?


>下の場合には、一方は、今ない金額の封筒と交換することになるので

質問2)これの意味するところを教えてください。「今ない金額の封筒」とは何ですか?どこに何がないのでしょう?

つけたしです

質問3)「勝った回数/参加回数」という回数だけの計算が、なぜ「大きく勝つのと小さく負けるのとで」その値に偏りが出るのかもさっぱり分かりません。
なぜですか?

次のように言った方がわかりやすそうです。

つまり見ないで交換した時は、BかAか、のことになるのですが、
すでに自分がAに決まってから交換した場合には、
Aは除外されていてBにしかならないので、
今ない方のBの場合とを、比べることになるわけです。

交換して今ない方のBになった場合を比べる、というわけではなく、

今の場合のBと、
交換する前から、今とは違う方のBであった場合のBとを、
比べることになるわけです。

ありがとうございます。

質問2)について
「今ない」は「今手元にはない額面の」というくらいの意味と理解したら良いですか?それなら、分かりました。

質問1)と、3)についても教えてください。

あ、違いますね。
「今手元にはない額面」のでは話が繋がらないですね。そこもやはり分かりません。あとでまた質問させてもらうかもしれません

Aを見たなら、2つの封筒には2つの場合があります。
始めからAとCAであった場合と、
始めからA/CとAであった場合とです。

実際の2つの封筒がAとCAなら、
今ある2つの封筒というのは、AとCAのことで、今ない方の2つの封筒というのは、A/CとAのことです。
今あるBというのはCAのことで、今ない方のBというのはA/Cのことです。
今あるAというのはBがCAの時のAのことで、今ない方のAというのはBがA/Cの時のAのことになります。

実際の2つの封筒がA/CとAなら、
これらはすべて逆のものを指すことになります。

今ない金額の封筒というのは、BがCAなら2つの封筒はAとCAなので、BがA/Cの時のA/Cの封筒は今ありません。このA/Cの封筒のことになります。BがA/Cなら、CAの封筒が、今ない金額の封筒になります。

それから勝つというのが、金額を見て残りのもう1つの封筒と交換して金額が増えることである場合に、
勝った回数/参加回数 において、1/2にならずに偏りが出るのは、
交換して増えるか減るかということが、
確率比が1/2の、今ある2つのものから選ぶということではなく、
選ぶのとは無関係に、始めからAとCAであったのか、はじめからA/CとAであったのか、ということだからです。

大きく勝つのと小さく負けるというのは、(CA−A)増えるのと(A−A/C)減る、という意味で書きました。

質問1ですが、交換して増えれば増えた分だけプレーヤーがもらい、交換して減れば減った分だけプレーヤーが支払う、というのであれば、確率的には、プレーヤーもディーラーも損得はありません。
勝ち負けを回数でなく金額で考えた場合、引き分けです。
回数で考えるなら、ディーラーが勝ってプレーヤーが負ける回数のほうが、その逆よりも多くなります。

粟田さん、解説ありがとうございます。お陰で少しわかってきました。
でも、僕の結論は同じなのですが。
僕の考えをまとめました。やや長文ですが、読んでもらえたら嬉しいです。


これから課題をすこし変形させたものの解方を2つ考えます。

二つの封筒から一つを選びその中身の額を確かめた客に対して、ディーラーは、次のように説明する「今選ばなかった残りの封筒には今選んだ額の2倍額か半額かが入っている。交換したかったらしてもよい」。

問題1)
ここまでは今までの設定と同じ。違うのは、客にとっては一回限りのゲームでその都度初めての試みをするのであるが、ディーラーは何度も別の客に対して「同じゲーム」をする。とする。
ただし、そのすべてでディーラーが封筒を用意するのではなく、神様がその無限の力によって無限にランダムな金額Aに対して、それぞれA円と2A円の封筒を用意して、ディーラーはそれをもって上と同じゲームをするとする。

それでは、このとき、全ての客が「交換する」を選んだ方が、「ディーラー&神様」のチームは損するのか?


この問題の捉え方では、答えは「損得なしで同じ」ですよね

なぜなら、
1回のゲームで、ディーラーが失う金額は、封筒の中身の金額を「Aと2A」だとするとき
【1】客が初めに選んだ金額が少額な方のAだったとき、
(a)客が交換しなければ、失う金額は「A円」
(b)交換すれば「2A円」
【2】客が初めに2A円を選んだときに
(a)客が交換しなければ、失う金額は「2A円」
(b)交換すれば「A円」

なので、客が交換してもしなくても、失う金額の期待値は「1.5A円」だからです。
それゆえ、客全体としては交換しても期待値はアップせず、得なわけでもありません。

問題2)
それでは、問題1の状況で、その客一人だけについて個々に損得を考えてみます。でも、問題文はそのままにします。
ディーラーが金額対を用意するのではなく、神様がその無限の力によって無限にランダムな状況を用意して、ディーラーはそれをもって上と同じゲームをするとする。

それで、唯一人の客個人は「交換する」を選んだ方がその客は得をするのか?

答えは「交換した方が得」ではないでしょうか。

それは、その一回のゲームにおいて客は初めに見た金額を基準にして考えるしか考え方がないからです。
ディーラーからの視点で見ると、その客はすでに用意されている金額の高い方が低い方かとどちらかを引くのであって、低い方を引いたときの勝ちと高い方を引いたときの負けは同額に見えるのですが、それは、その両方の合計を基準にしてしまっているからです。
しかし、個々の客から見れば
「【1】客が初めに選んだ金額が少額な方のAだったとき」とか「多額な方だったとき」とかの計算はできるわけがありません。なので、「A」を用いた計算をすることはできません。
今確かめた金額しか計算のための根拠はないのですから、それを用いる以外に何ができるのでしょうか?
「確率」というのはその計算の元手となる根拠として何をもっているか、によって計算は変わってくるものではないでしょうか。
そうすると、この客が、確率1/2で勝てて、1/2で負けると考えることは妥当であり、

自分の手元には「α円」があったときに交換するとするとすると
(a)客が勝った時に得る金額は「2α円」
(b)負けた時に得る金額は「(1/2)α円」となり、
平均して「1.25α円」を得ることになりますから、
「得になる」と考えることはやはり妥当なのではないでしょうか?

粟田さんの考えでは、

ここで考えた「問題1」のような視点で問題を捉えた場合ではないでしょうか?
それは、客が引いたのが高額な方か少額な方かを考えに入れ得るとする考え方です。

しかし、僕は「問題2」と捉えるような視点も決して禁じられてるわけではないと思えるのです。自分が引いたのが高額なのか少額なのかを計算に入れ得ないとする考え方です。こちらの捉え方からすると、高額か少額かを計算に入れ得るとするのは、まるで神のような「なんでもお見通し」の視点を先取りしてるように思えてしまいます。だって、この客にとってはこの目の前の金額と1/2
の確率で勝てるということだけしか、ここでは意味を持たないからです。


ですから、この問題文だけでどの解が絶対的に正しいと決められるとすることに疑問を感じるのです。

どう思われますか?

もう少し付け加えます。

一般的に確率問題では何も指定がない場合には、対象の分布は一様なものだとして計算するのですが、しかし、「一様な分布」といってもそれは
無規定の問題に対してどれも一意的に決められるとは限らないということでもあると思います。

僕の上のコメントの、「問題1」のように、ディーラー側から見て、さまざまな「封筒対」が一様に分布するとするのと、
「問題2」のように、客個人の一回限りの視点から見て、その手の内の封筒と「交換可能な対象」が一様に分布してるとするのとでは、
確率の計算結果はまったく異なってしまいます。


それが、この課題文では示されてなかったので、それをどう読むかが様々に許されることになったのじゃないか。

って気がしています。

ありがとうございます。まだきちんと見ていないのですが、あとでゆっくり見たいと思います。

1つ話しておきたいことがあるので、書いておきます。
前に述べた、金額の差が一定の2つの封筒から選ぶことです。

2つの封筒のどちらを選ぶかは、1:1なのですが、
2つの封筒のうちの1つの金額を選んだ時に、その1つの金額が安い方か高い方かというのは、
2つの封筒がAとA+Hなのか、A−HとAなのか、ということなので、先のこととは全く別のことです。
それが一般には同じように思われていて、確率比も1:1のままと思われているのはなぜだろうと思って、
考えたのが2つの組の確率比を1:Dとおいて、計算するやり方です。結果的に1:1になりました。

今回の2つの封筒の問題でも、それでやればできるんじゃないかと思って、やってみたら、できてしまったわけです。(もっとも、まだまだ検証が必要で、まちがいだった、ということになるかもわかりませんが。)
そういう事情だったのをお伝えしておきます。それではまた。

20時39分投稿の問題ですが、1)も2)も、ディーラーや神様から見ても、客から見ても、損得なしだと思います。

2)の場合に客が、aをもとにして考えると、勝ち負けの回数の確率比は、1:1でなくて、1:2なのです。

aが交換で2aになるのは、2つの封筒がaと2aの組の時です。
aが交換で(1/2)aになるのは、2つの封筒が(1/2)aとaの時です。

ここで、aと2aの組か、(1/2)aとaの組かの、確率比は、1:1ではなくて、1:2なのです。

つまり、この2組の4つのポジションの確率比をまとめて書くと、
小さい方であるa:2a:(1/2)a:大きい方であるa の確率比は、1:1:2:2 なのです。

aを交換した時の期待値は、2a×1/3+(1/2a)×2/3=a になるのです。

すみません。最後の行、(1/2a)でなくて、(1/2)aです。

>ここで、aと2aの組か、(1/2)aとaの組かの、確率比は、1:1ではなくて、1:2なのです。

問題1)で、これが言えて1:2の確率比になるのはわかります。しかし、問題2)で、なぜ、これが言えるのですか、その思考が逆に恣意的だとされるのが問題2)ではないでしょうか

それは、もしかすると、粟田さんが問題2)を問題1)に読み替えて解釈してしまってるからではないでしょうか

繰り返しですが、
問題1)の本質は、さまざまな「封筒対」が一様に分布するとして確率計算するというところで、
問題2)の本質は、その手の内の封筒と「交換可能な対象」が一様に分布してるとして計算するところだと解釈してくださいね。

ゲーム前に自分が選ぼうとする封筒を左、残りの封筒を右にして、金額が1:2である2つの封筒をずらりと並べて、全部小切手を出してみると、30組の封筒を並べたとすれば、
ほぼ10組の金額が、右が左の2倍。残りのほぼ20組の金額が、右が左の1/2になっているのです。
これはそれ以上なんの操作も必要なく、封筒をかき混ぜれば自然にランダムな状態になるように、
数学的に、自然にそうなるのです。
そうして自然に、左側の金額の合計も、右側の金額の合計も、全体の合計の金額の、約半分になるのです。

これは金額を1:2としたのが原因で、
もしすべての左右の金額の差が同じ、ということにしてあれば、
金額の合計はやはり左右ほぼ同じで、どちらの列も、高い方と安いほうが、1つの列のほぼ半分ずつになります。

これは、左右の金額の差をどういう形で設定しておくかが、原因なのです。
封筒の金額は、ただ高いか安いかの1つの要素の釣り合いだけで、単純に左右に分かれて均等になっているわけではないのです。

具体的な理由説明は、私が2つの封筒問題を説明しようとして、書いた内容のとおりです。
他にもいろいろな面からの説明ができますが、とにかくかなりややこしいので、
ここで一旦切っておきます。

>ゲーム前に自分が選ぼうとする封筒を左、残りの封筒を右にして、金額が1:2である2つの封筒をずらりと並べて、全部小切手を出してみると、30組の封筒を並べたとすれば、ほぼ10組の金額が、右が左の2倍。残りのほぼ20組の金額が、右が左の1/2になっているのです。

これが分かりません。
ゲーム前に、金額1:2の対の封筒を30組用意しておいて、それぞれの対について、選ぶ側と選ばない側を決めておく。そして、それぞれの封筒対ごとに、選ぶ方を左側に選ばない方を右側に置くようにする。そうすると、その30組のうちの約10組ではそれぞれ右が左の2倍の金額になっていて、残りの約20組ではそれぞれ右が左の1/2の金額になる。

ということですか?
その僕の解釈は違ってますよね。

その解釈で合ってるとしたら、なんだかへんてこな話になりそうです。

例えば、
ゲーム前に、金額ではなく「ハイ」か「ロー」かが書かれてある対の封筒を30組用意しておいて、それぞれの対について、選ぶ側と選ばない側を決めておく。そして、それぞれの封筒対ごとに、選ぶ方を左側に選ばない方を右側に置くようにする。
そうしてから、事後に「ハイ」と「ロー」の金額比率を抽選で決めるとする。そして、その比率が「1:2」と出た場合には、その30組のうちの約10組ではそれぞれ右が「ハイ」であって左の2倍の金額になっていて、残りの約20組ではそれぞれ右が「ロー」であって左の1/2の金額になる。
また、その比率が「1:5」と出た場合には、その30組のうちの約5組ではそれぞれ右が「ハイ」であって左の5倍の金額になっていて、残りの約25組ではそれぞれ右が「ロー」であって左の1/5の金額になる。
ということになってしまうように思われる。

・・・などと妄想してしまいました。

すみません。先程の投稿、間違いがありましたので、全面的に削除して修正します。並べた段階では、まだ1:1でした。混乱させてしまって、申し訳ありません。

ただ、修正に手間がかかりそうなのと、しばらく頭を休めたいのとで、修正を送るのはちょっと後になりそうです。

それと、知っていたら教えてほしいのですが、この送信で図を送ることはできるのでしょうか。

すみません。このコメント欄の使い方をよくわかってないのです。
でも多分、図を送る機能はないと思います。

余計な頭を使わせてしまって、すみませんでした。
とりあえず、今伝えられる、簡単な説明だけですが、書いておきます。


30組を並べたうち、自分が小さいほうか大きい方かは、ほぼ15組ずつになります。
ところが個々の組において、次のようになるのです。
(自分の封筒の金額には、いろいろな値があるわけですが、以下では個々の組において、これらをすべて、Aとして示します。)


【Aが小さい方である個々の組について】
小さい方のAか大きい方の2Aか、の確率比は、1:1です。(これは両方が、当たり、です。)
ところが自分がAに決まってからの、小さい方のAか大きい方のAか、の確率比になると、
Aと2Aの組か、A/2とAの組かの、Bが2AかA/2かの、1:2の確率比になるのです。


(つまり、当たりが1/3、はずれが2/3になります。)
もちろんはずれの方の、Aが大きい方である場合の、A/2とAの組や、A/2であるBは、今ないものです。


【Aが大きい方である個々の組について】
小さい方のA/2か大きい方のAか、の確率比は、1:1です。(これも両方が、当たり、のことです。)
ところが自分がAに決まってからの、小さい方のAか大きい方のAか、の確率比ということになると、
こちらも、Aと2Aの組か、A/2の組かの、Bが2AかA/2かの、1:2の確率比になるのです。


(つまりこちらは、当たりが2/3、外れが1/3になります。)
もちろんはずれの方の、Aが小さい方である場合の、Aと2Aの組や、2AであるBは、今ないものです。


そんなわけでAは、
AとCAの組での小さい方である確率が、1/2であり、
A/CとAの組での大きい方である確率も、1/2であるままで、
Aが小さい方かAが大きい方かの確率比は、1:2であるわけです。


したがって、並べた30組で比べると、
今あるものどうしを比べることになるので、小さい方か大きい方かは15組ずつになり、


そうであるままで、個々の組においては、
今ない方の組のAとを比べることになるので、それは1:Cというわけです。


すみません。たぶん、無茶苦茶わかりにくいと思います。
私の方も、図でも描かないと、伝えきれる自信はありません。
たぶん、頭を混乱させてしまうと思いますが、
イメージだけでも伝わればと思って、書いてみました。

ただし、頭のなかで100%まとまっている自信はないので、
先程のように全面削除になるかもわかりません。
そういうものだと思って見ていただければ、ありがたいです。

つまりAは、Aと2Aの中での、小さい方のAである確率が、1/2。


A/2とAの中での、大きい方のAである確率が、1/2。


今あるAと、Bが2AとA/2の内の今とは違う方の値である場合のAとの、中での、小さい方のAである確率が、1/3。


今あるAと、Bが2AとA/2の内の今とは違う方の値である場合のAとの、中での、大きい方のAである確率が、2/3、ということです。

すみません。その説明を僕は、〈2019年8月8日 (木) 04時40分〉のコメントから先に進むものとして読むことができません。

>今あるAと、Bが2AとA/2の内の今とは違う方の値である場合のAとの、中での、小さい方のAである確率が、1/3。今あるAと、Bが2AとA/2の内の今とは違う方の値である場合のAとの、中での、大きい方のAである確率が、2/3、ということです。

に対して、

問題1)で、これが言えて1:2の確率比になるのはわかります。しかし、問題2)で、なぜ、これが言えるのですか、その思考が逆に恣意的だとされるのが問題2)ではないでしょうか
それは、もしかすると、粟田さんが問題2)を問題1)に読み替えて解釈してしまってるからではないでしょうか
問題1)の本質は、さまざまな「封筒対」が一様に分布するとして確率計算するというところで、
問題2)の本質は、その手の内の封筒と「交換可能な対象」が一様に分布してるとして計算するところだと解釈してくださいね。

と、以前お聞きしたそのままの質問をくりかえすことになってしまうような混乱状態です。

つまり、「手の中に500円を持っている私が、〈500円:1000円〉の世界にいるのか、〈250円:500円〉の世界にいるのか」について、全く何の情報も持たないE氏にとっての「確率」を考えようとするときに、
E氏は、何らかの根拠に基づいた妥当な推論として、
その2つの世界の存在する比率を1:2だとすることができるのでしょうか。
それができるのであれば、その根拠はどんなものになるのでしょうか。

そこのところで、僕は躓いていますので、その点について答えてもらえればありがたいです。

全然関係ないですけど、

こうやって確率論を議論させてもらって、いろいろ面白い思索が頭をめぐっています。

同じ事象も視点によって確率が異なる話、
同じ事象でも決定論と自由が両立する話、
なんか似てるかも、って気がして面白がっています。

あのゲームについては、大小はやはり言われる通りの15組ずつだと思います。
完全に私の間違いでした。
そこでさらに考えてみました。

まず30組並べた左右のどちらの列を先に見ても、成り立つように、次のように条件を設定しました。

1)どちらの列も、小さい方か大きい方かは、15組ずつである。

2)どちらの列も、金額の総額は同じである。

3)交換時の増加分は、交換時の減少分の2倍である。


そこから出てきた結論は、


減る前の金額の平均は、増える前の金額の平均の、2倍である、ということです。


左右2列に並べた30組の左列を見ると、右列の2倍であるのが15組、右列の1/2であるのが15組です。


ここから考えられることは、左列だけの大きい方と小さい方を比べても、大きい方の総額は小さい方の総額の2倍である、ということです。


そのため上の結論のようになって、3つの条件が成り立つのだと思います。


2つの封筒が1組しかない場合には、Aが小さい方か大きい方かは、一方は今ない組の、総額が大きい組の小さい方か、総額が小さい組の大きい方か、を考えないと、100%か0%、ということになってしまって、意味をなしませんが、数が増えてくると、小さい方も大きい方も実際に現れてくるので、今あるものだけを比較すればよくなるので、2つの封筒問題の解法では当てはまらなかったんじゃないかと思います。


というわけで、結局ゲームの金額は増減なしで、勝ち負けなしということになりました。

そういうわけで、いくら小さい方か大きい方かの確率は、1/2ずつだと言っても、それは平均の確率での話であり、個々で見れば、全体の中での大きい金額ほど、大きい方である確率の方が大きく、全体の中での小さい金額ほど、小さい方である確率の方が、大きくなるのだと思います。

粟田さん、

とても面白いと思います。
その解き方にはまるでサーカスやアクロバットを見てるような面白さを感じました。

でも、ダメなところもあると思います。

それは
>「 2)どちらの列も、金額の総額は同じである。」

のところです。

どうしてダメかというと、僕はこの問題設定で、「神様はどんな多額になろうとも無限に一様な分布から、封筒の中身の額を選んでくる」みたいなことを言ってたと思います。
そうすると、
30組の封筒を、
まるでランダムに選んだときに、
そのなかでいちばん高額な1対の金額が、2番目に大きな金額の1対の金額の有限なある数(例えば100万)倍よりも大きいものである確率は、

無限に1に近いはずです。

とすると、この設定で右列と左列のそれぞれの合計はほぼ同額になるという確率は、ほぼ0ということになりそうです。
これは、
きちんとランダムにすれば、無限に1の確率で、左右の額の合計比は、歪になるはずだということではないでしょうか。

だとすれば、

この「2)どちらの列も、金額の総額は同じである。」
は、条件におくべきでないように思われます。

どうでしょうか?

この考えの前に思いついた考えが、数が増えれば、大小が逆の組、あるいは逆に近い組が現れる頻度が、増えるのではないかということです。同じように飛躍させて考えれば、一方が巨大な数の封筒の組を、最初に小さな数を選ぶ確率が1/2,最初に巨大な数を選ぶ確率が1/2として、左右の列にまくばってもよいわけです。
つまり最初に巨大な数を選んだのが1/2回、最初に小さな数を選んだのが1/2回、としてカウントするぐらいは許されるんじゃないかと、私ならつい抜け道を考えてしまうわけです。

2)の条件を抜いても大丈夫なんですね。今気が付きました。
この条件は、解き方をひねり出すために設定したもので、
逆から考えれば、なくてもよいものでした。

粟田さん、なかなか面白い議論になってきて嬉しいです。でも、
なぜ2)がなくても同じ結論が得られるのかが分かりません。

それは、
「2)どちらの列も、金額の総額は同じである」
があるからこそ、
「減る前の金額の平均は、増える前の金額の平均の、2倍である」
が言えるようになるのではないか思われるからです。


この30組がランダム抽出という前提である以上は、
「減る前の金額の平均は、増える前の金額の平均の、2倍である」
が言えることにするためには、
「無限にあるすべての2封筒対について、そのすべての減る前の金額の合計は、増える前の金額の合計の、2倍である」
が言える必要があると思われます。

しかし、
それは、
「2以上の偶数の合計は、1以上の奇数の合計の、2倍である」
が言えないのと同じく、言うことはできないように思われます。

なので、やはり僕には受け入れがたい感じに思えています。

それなら「突出した金額の組を除いての30組」を用いて、1)、2)、3)の条件でやればいいんじゃないかと思います。突出した金額の組も含んだ、厳密な答えは出ませんが、80点の答えとして、それはそれで使えるんじゃないかと思います。

つまり、突出した金額の組の部分については、別計算して、付け足すということです。
ただし、私はまだ計算していませんが。

もともと僕は8/6の12:12のコメントでも言ったように


①「最初の封筒の中身が500円だったときに、交換した場合の期待値は500円である」
と、
②「最初の封筒の中身が500円だったときに、交換した場合の期待値は625円である」
と、
③「最初の封筒の中身が500円だったときに交換した場合の期待値は625円だとするのが間違いであるばかりではなく、この問題設定だけでは500円だとすることもできない。交換した場合の期待値が求められると考えること自体が間違いだった」
と、

それぞれの解釈があり得る。
ということなのじゃないか、と。

という立場です。
80点で良いのであれば、粟田さんの①の解を認めています。
でも、②や③はダメで、①しか認めないとされるのであれば、
80点ではたりないように思います。

僕には、やはりどうしても、①も②も③も認められ得る可能性は残るような気がするので反論してる感じなのです。

あと、

最大額の突出した1組を除いて、29組で考えたとしても、

29組の封筒を、まるでランダムに選んだときに、そのなかでいちばん高額な1対の金額が、2番目に大きな金額の1対の金額の有限なある数(例えば100万)倍よりも大きいものである確率は、無限に1に近いはず

ですから、やはり同じ結論になるように思われるので、その手は使えないように思います

まず、突出した金額の組が含まれる場合のことですが、ほかの部分の金額が変わらないので、突出した金額の組がいくつかあって、結果的に釣り合いでもしない限り、ゲームは引き分けとはなりません。別計算の結果の分だけ、損したり得したりすることになります。

それから②と③の解釈は、実際にやってみると、その結果は現れないと思います。
実際には現れないことを、現れたと仮定していろんなことを考えるのは、私も好きですが、
実際に多くやってみると、625円にはならずに、500円に収束していくだろうと、私は予想しています。


すみません。23時39分の投稿を送ってから、23時36分の投稿を見たので、その返事を追加で書きます。

そういうことであれば、また解く手を考えたい気がしますが、何分ここのところ、私にしては背伸びをしすぎて、頭を使いすぎてしまったので、またいつものあまり頭を使わない自分に戻って、こういう数学の問題も、休み休み解いていこうと思っているところです。

そういうわけで、投稿も途切れがちになるかも知れませんが、またよろしくお願いします。

本当に課題文から、本当にやってみるやり方というのは、一意的に決め得るのでしょうか?
実際にやってみるときに、どのようにしてやるのか、そのやり方のルール設定によって、答えが500円になるやり方もあるし、650円になるやり方もあるんじゃないでしょうか?


例えば、数万セットの様々な封筒対を用意して、そのなかには「250円:500円」の対が500セット用意されてて「500円:1000円」の対が500セット用意されてたとします。そして、誰かがその封筒を引いて「500円」だった場合のみをピックアップして、交換したときの平均を計算するとしましょう。

その場合には、もちろん平均は「650円」になります。なぜ「500円」ではなかったかというと、課題文を実際にやって見るときに、平均が650円になるようなやり方としてそれを解釈してしまったからです。

その平均が必ず500円になるようなやり方を一意的に決定できるほど、課題は細かな設定ができてないのではないでしようか?
だから、その意味で③の解釈まで許されてしまうと思うのです

ひょっとすると、17時42分の投稿で言ったような、期待値を使って解いていくと、うまくいくかもわかりません。

また、それに、
無限な範囲から、ランダムに何かをチョイスするなんてことは、現実には、原理的に不可能ではないかと思います。

その範囲が決まってないことこそが、ここで問われるべきいちばんの問題で、

これこそがパラドクスを生む犯人であるようにも思えています。

封筒の最大の金額を2Mとすると、その封筒の組はMと2Mで、ゲームの結果はその組のどちらを最初に選ぶかに大きく左右され、他の組の結果の影響は、相対的に非常に小さなものになります。つまりMと2Mの組1つでゲームが成り立っているような、一発勝負のバクチに近いものになります。

最大の組のところで最初にMを選んだら、ゲーム全体としてもほぼMの利益。最初に2Mを選んでしまったらゲーム全体としてもほぼMの損失、ということになります。

つまりあのサーカスやアクロバットのような解き方をしなくても、減る前の金額の2Mは増える前の金額のMの2倍であるし、1つの組において最初にどちらの金額を選んだかのことによって、その金額を見ようと見るまいと、封筒の状態が物理的に変わらないので、選んだ金額がどちらであるかは、見る前の選んだ時点で、100%すでにに決まっているのです。したがって選んだあとに見た金額が何であったかは、その金額が小さい方か大きい方かを求める要素としては、完全に除外されるのです。


小さい方か大きい方かというのは、Mか2Mかということなのです。

つまり選んだ金額をNとすれば、Nか2Nか、あるいは、N/2かNか、ということなのです。

これらの確率比が1:1なのであり、
「Nが」をつけた、Nが小さい方か大きい方か、というのは、
これとは全く別のことなのです。


したがってNが小さい方か大きい方かの確率比を知りたければ、
他の要素から逆算して求めて、全くかまわないのです。
その確率比が1:1でなくて、全くかまわないのです。


最初選んだNが小さい方か大きい方かとは、
Nが、Mと2Mの組の中で、勝ったのか負けたのか、ということではなくて、


Nが、Nと2Nの組の中で勝ったのか、N/2とNの組の中で負けたのか、ということなのです。
これは、勝負の確率比とは全く別のことなのです。


ということで、1つ1つの組において、
勝つか負けるかは1:1で、利益と損失は同額なので、
どんなに大きな金額の組であろうと、期待値は勝負前の金額と変わりません。


したがって、多くの組全体での勝負においても、
確率的には、勝ち負け無しとなります。

粟田さん、

>「ということで、1つ1つの組において、
> 勝つか負けるかは1:1で、利益と損失は同額なので、
>どんなに大きな金額の組であろうと、期待値は勝負前の金額と変わりません。」

ここで言われているのは、結局こういう話ですか?すなわち
手元の金額が500円だったことを確かめたときに、自分がいる世界が〈「500円:1000円」の対から500円を引いた世界〉だったとしたら、そのことだけが現実であるから、
だからその世界においては、
自分は初めに500円を引けば交換したら500円得するし、
初めに1000円を引けば交換したら500円損する。
だからその世界においては、
自分はどちらを引いても、500円得するか500円損するかどちらか出るので、期待値としては交換しても損得なし、
だからその世界においては、交換してもしなくても期待値は変わらない。

また、
手元の金額が500円だったことを確かめたときに、自分がいる世界が〈「250円:500円」の対から500円を引いた世界〉だったとしたら、そのことだけが現実であるから、
だからその世界においては、
自分は初めに250円を引けば交換したら250円得するし、
初めに500円を引けば交換したら250円損する。
だからその世界においては、
自分はどちらを引いても、250円得するか250円損するかどちらか出るので、期待値としては交換しても損得なし、
だからその世界においては、交換してもしなくても期待値は変わらない。

合ってますか?

あっています。

こんな空想的をしてみました。


「この2つの封筒の中は片方がもう片方の10万倍の金額が入ってるの。どっちか選んでみな。

封筒の中身いくらだった?

あ、そう。百円か。
今、その百円はお前のものな。

で、片方がもう片方の10万倍なんだから、この残りの方は、1厘か1千万円ってことだな。

お前、選んだその百円と、この残りの方とを交換してもいいんだけど、どうする?
ただな。
どの世界でも、実際にその場で引く封筒対は具体的な数値を持つ金額であって、それはその世界において固定的に決まっているのだから、初めに引いた封筒を交換してもしなくてもその期待値が変わるわけがない、ってこと。分かるよな。交換してもしなくてもどうせ同じなんだから、代えないでそのままでいいよな。

それから、このゲームはこの一回きりで、もう二度としないからな。
この今だけが、本物の現実世界で、この一回きりのゲームだけが現実だからな。 何度も繰り返したらどうなるかって確率計算しても関係ないからな。」


って、イヤな先輩が言ってきたら、どうでしょうか?
この話の論理性と、この先輩がイヤなやつってことは何の関係もないはずですが、
僕はこの先輩の言うとおりにするのは「損」なように思えてしまいます。

この場合も交換してもしなくても同じでしょうか?

確率については、残念ながら私は、2通りの確率というものはないだろうと、予想しています。期待値についても、同様です。違う値があれば、それはきっと、微妙に違うことを指しているんだろうと、考えています。確率の問題を解く時も、基本的にその考えです。それは所詮仮定に過ぎないと言われれば、確かにそうですが、私の頭をひっくり返すような矛盾する経験が起こらない限り、その考えは変わらないだろうと思っています。

1里(すみません。あの字を出しづらいので、この字で代用させて下さい。)と1千万円の問題ですが、普通の解き方で、1里である確率が1千万/1+1千万、1千万円である確率が1/1+1千万。

なので約百円損するのが大部分で、約1千万円儲かる確率はわずか、期待値的にはやはり損得なし、ということになります。

だから、夢やいくらかのスリルを求めたいなら、交換した方が得でしょうが、
ここまで当たる確率が小さいと、私ならくたびれ損になるのが嫌なので、百円もらっておいて、アイスクリームでも買います。

つまり確率や期待値というものは、物理的なものであって、同じことに対して違ったりしないと、思っているわけです。期待値保存の法則などというものも、あるだろうと思っているわけです。

同じ一つの事象については、同じ一つの確率の値しかないってことですか。

例えば、ある一回きりの事象においての話で、
「封筒を交換した方が得かどうかの確率」や
「封筒を交換したときの期待値」は、
はじめの封筒の中身を確かめても確かめなくても、
あるいは二つの封筒の中身を両方とも確かめても確かめなくても、
変わらないで
決まったある一つの値が決まってる、
ということですか?

そんなことは、僕はあり得ないと思ってしまいます

確率とは、物理的な存在密度、期待値とは、大きさ×存在密度のことであって、どちらも、同じ状況ではその絶対値は変わらないと思うのです。

粟田さん、

確率に関する見方は僕とはだいぶん違っているようです。

僕には、

「確率とは、ある人がある状況に直面した時に、世界の解釈するために、世界の在り方の可能性を仮設してみて、その可能性に対して、ある一つの状況があり得る割合を取り出したもの」

だと思われます。

つまり、その世界の可能性をどう仮設して考えるかによって、そこで扱われる「確率」は当然変わると思います。

例えば、まったく封筒に中身について何の情報も持たない人が、その中身について考察するために、
例えば、その中に金額が「無限な額にまで一様な存在可能性がある」という想定でかんがえてみると、期待値は無限大に開いてしまうでしょう。
しかし、例えば、その中の金額について「あらゆる前提をおかない」としてしまうと、期待値はその意味を保つことができなくなって、その値じたいがありえないものになるのではないでしょうか。
例えば、「初めに引いた封筒の中身が500円だった」という情報を得た人にとって、相手の封筒の中身についてこうさつするために、
例えば、「相手額が250円である頻度も、1000円の頻度も、あらゆる額の頻度も同じであるような存在可能性がある」という想定で考えてみると、期待値は650円として計算できるでしょうし、
また、他の前提を敷けば他の計算ができるでしょう。
例えば、「両方の封筒の中身が500円と1000円だった」という情報を得た人にとって、相手の封筒の中身はまるまる期待値1000円で、その確率を1とすることができちゃうんじゃないでしょうか。

そう考えると、
確率は同じに事象に対するときでも、それに対する知識の多少や、前提のおき方によって、いくらでも変わり得るし、変わるものとして捉えなければならないと思われます。

あのゲームでばらつきの大きい場合を考えると、こうなると思います。

選ぶ封筒を左、残りの封筒を右において、30組を並べたとします。

左列を見ると、小さい方の封筒と大きい方の封筒が、ほぼ15組ずつになりますが、これはここでは15組ずつで考えて、差し支えないと思います。

まず、左が大きい15組全部の、左右を合わせた総金額と、左が小さい15組全部の、左右を合わせた総金額が、ほぼ同じ場合を考えます。

この場合、左列だけの大きい方の総額が、左列だけの小さい方の総額の、ほぼ2倍になり、交換した総金額はあまり変わらなくなって、僅かな金額のばらつきがゲームの勝敗を決めることになりますが、その勝敗は、回数で考えても、総金額で考えても、ほぼ5分5分になります。


次に、ばらつきがものすごく大きい場合を含めて、ばらつきが大きい場合を考えます。

この場合は、左が大きい方の組に、大きな金額のものが偏っていた時は、ゲームは大きな金額の負け、あるいはものすごく大きな金額の負けになります。交換した金額の平均倍率も、1より明らかに小さく、あるいは1/2倍近くになります。

逆に左が小さい方の組に、大きな金額のものが偏っていた時は、ゲームは大きな金額の勝ち、あるいはものすごく大きな金額の勝ちになります。交換した時の平均倍率も、1より明らかに大きく、あるいは2倍近くになります。


期待値的には、同じ配置の右列を先に見たなら、損得が逆で損得の金額が同額であるように、交換した時の期待値は、交換前の金額と同じです。


勝敗自体は、やはりほぼ5分5分になります。

ええと。話を戻してしまいますが、

封筒の中身をどちらも確認していない人にとっての「封筒を交換したときの期待値」と、
封筒の片方だけを確認した人にとっての「封筒を交換したときの期待値」と、
封筒を両方とも確認した人にとっての「封筒を交換したときの期待値」は、
それぞれ等しいとは限らない

この点については、これで良いですか

1つ目の例は金額の大きさが分からないので、期待値の倍率について書きます。
2つ目の片方というのを最初の封筒の方とすると、1つ目と2つ目は、どちらも1倍で同じです。
3つ目は2倍か1/2倍かのうちの、実際に見た、残りの封筒の金額の方です。

ですので、その3パターンでそれぞれ期待値が異なることは言えますよね。

つまり、当たり前ですが、
当該の人がその事象に関してどこまで知識を持っているかによって、期待値は異なるかもしれないことは、言えますよね。

追加です。
2つ目の片方が残りの封筒の方としても、やはり1倍でした。

それは言えます。

また、〈世界に積極的に向き合うための「道具」としての確率〉を考察するために、次のような場合を考えてみます。

すなわち、

「E氏が選んだ封筒には500円が入っている。E氏はそれを確かめて知っている。
残りの封筒の中身には実際に1000円が入っている。しかし、E氏はそれが250円か1000円かのどちらかであることだけを知っているが、実際に何が入っているかは知らない。
現実としての状況は、「現実の封筒の中の金額はもうすでに1つのパターンだけが決まっている」ということ、これだけである。
だから、これと「全く同じ状況」というのは、「本当は」、残りの封筒に1000円入っている状況である。

しかし、E氏はそれについて知らないのだから、その情報なしで、とりあえず自分なりに冒険的に「同じような状況」を考えてみて、その仮設的な可能世界の中でどのくらいの割合で対象の出来事が起こるかを、「とりあえず自分なりに冒険的に」計算してみる。そして、自分のこれからの行動を考察するための指標にしてみるしかない。

そこで、
1)残りの封筒に250円と1000円が同じ割合であると仮定して計算してみる。か、
2)残りの封筒に250円と1000円が2:1の割合であると仮定して計算してみる。か、
を考察してみる。

ここで、
〈E氏の持っている情報が「残りの封筒に250円と1000円とどちらかである」しかなくて、その割合についての情報は何もない〉
ことを前提する場合には、

その前提から、(1)と(2)とのどっちのやり方が優位であるは言えない」

ということが言えることは明らかだと思います。だってそれが前提だからです。

これも、認めてもらえるでしょうか


250円と1000円が1:1であると仮定するのは、無理があると思います。
仮定すること自体はできても、まちがった仮定になると思います。

見たのが625円で、差が一定で375円であるというのなら、そうなりますが、

500円が250円と1000円の平均の625円よりも、250円の方に近いので、
確率比は2:1になると思います。

それは金額比が1:2であるという、情報を持っているからです。

>500円が250円と1000円の平均の625円よりも、250円の方に近いので、確率比は2:1になると思います。それは金額比が1:2であるという、情報を持っているからです。

この粟田さんの論理では、金額比が1:2のときは、確率比が2:1になる。
それは何故か(その根拠は)、金額比に応じて確率比が決定されるから。

って話になっていませんか?
つまり、僕は、それが循環論法ではないでしょうか、というところを疑っています。
僕の、この討論での意図は、
確率なるものは、その状況だけで決定するものではなく、その人が持っている情報によって左右されるし、何をもって確率を計算するかの前提条件の捉え方によっても左右される、ということを明らかにしたいということです。

今、情報をどれだけ持っているかによって、確率や期待値は左右されるということは認めてもらえましたので、次には、前提の設定のしかたによって確率や期待値が異なることを示したいと思っています。

そこで、
「現に500円を手にしている人が、もう一つの封筒には実際には1000円が入っているのだけど、250円か1000円かどっちかが入っているということしか知らないときに、それを交換すべきかどうか」という条件だけを前提するとしたら、

そこからだけでは、粟田さんの論理は引き出せず、それを根拠付けて言うためには某かの新たな前提が必要ではないかというところを疑いたいと思っています。

この議論について付き合ってもらって良いでしょうか?


それについての、質問として考えてください。
「金額比が1:2のときは、確率比が2:1になる。それは何故か(その根拠は)、金額比に応じて確率比が決定されるから」
これは循環論理ではないですか?あるいは何かもっと根拠がありますか?

金額が決まってからの、それが小さい方か大きい方かというのは、
どちらの金額か決まっていない、1組の封筒の小さい方か大きい方か、ではないのです。

今の1組とは違うものとを、比べることであり、
しかも、交換時の増減量が均等でないので、

あえてその確率比を求めるなら、
順当な計算結果として、1:2になるのです。

追補します。
交換時の増減量が均等でない2組なので、ということです。

>金額が決まってからの、それが小さい方か大きい方かというのは、どちらの金額か決まっていない、1組の封筒の小さい方か大きい方か、ではないのです。今の1組とは違うものとを、比べることであり、

ここまではよく分かります。仰っていることは、ここまでは理解してるつもりです。
しかし、ここから


>交換時の増減量が均等でないので、あえてその確率比を求めるなら、順当な計算結果として、1:2になるのです。

ここは、やはり僕には循環論法に見えます。特定特段の根拠がないので、「あえて」計算をするとすれば、「金額比によって確率比が計算できる」という新たな前提を持ち込んでくるしかないから、その新たな前提によって計算すると「あえてその確率比を求めるなら、順当な計算結果として、1:2になる」ということではないですか?

しかし、そこのところで、「「金額比によって確率比が計算できる」という新たな前提を持ち込んでくるしかないから」という僕からみるとかなり恣意的な思い込みが、導入されているように見えます。
つまり、

〈「金額比によって確率比が計算できる」という新たな前提を持ち込んでくるしかない〉とすると、
金額比がによって確率比が計算できる」という新たな前提を持ち込んでくるしかないから、その新たな前提によって計算すると「あえてその確率比を求めるなら、順当な計算結果として、1:2になる」

という話になってるように見えます。
それは結局、僕が、「確率比が1:1に固定されず、また確率比が不明ともせず、金額比によって変動するとできる、とされる根拠は何ですか」と聞いているのに対して、
「金額比によって変動するから」と答えているだけで、その捉え方の優位性を示すものにはなっていないように見えるのです。

そのような疑問に対するものとして、
「交換時の増減量が均等でないので、あえてその確率比を求めるなら、順当な計算結果として、1:2になる」という話は、循環論にならないような根拠はあるのでしょうか?

Aが小さい方か大きい方かの確率比は、
SとLの2つの封筒があり、
自分がSを見て、それをAとして交換する人なのか、
自分がLを見て、それをAとして交換する人なのか、
の確率比なのです。

だからAを見て交換する人の確率比と、
Bを見て交換する人の確率比は、同じなのです。

そこから考えると、
計算して1:2がわかるわけです。

追加です。
その計算方法は、私が2つの封筒問題の、確率比を求める過程で書いた、計算の通りです。

追補します。

だからSを見て交換する人の確率比と、
Lを見て交換する人の確率比は、同じであるので、

Aを見て交換する人の確率比と、
Bを見て交換する人の確率比は、同じであるのです。

修正です。

だからSを見て交換する人の交換時の確率比と、
Lを見て交換する人の交換時の確率比は、同じであるので、

Aを見て交換する人の交換時の確率比と、
Bを見て交換する人の交換時の確率比は、同じであるのです。

>Aが小さい方か大きい方かの確率比は、SとLの2つの封筒があり、自分がSを見て、それをAとして交換する人なのか、自分がLを見て、それをAとして交換する人なのか、の確率比なのです。


ここで言われている「S」と「L」は、「500円:1000円」の世界においての「500円としてのS」か「1000円としてのL」かとしてのS,L、または、「250円:500円」の世界においての「250円としてのS」か「500円としてのL」かとしてのS,L、ってことですよね。

そして、我々が考えるべき比率は、(E氏が引いたのは500円なのですから)「500円:1000円」の世界においての「500円としてのS」か、「250円:500円」の世界においての「500円としてのL」かの比率ですよね。
それは、つまり、その世界が「500円:1000円」の世界か「250円:500円」の世界かの比率を示すものですよね。


ところが、

>Sを見て交換する人の確率比と、Lを見て交換する人の確率比は、同じ

というときに、SとLが同じだというためには、
「500円:1000円」の世界においての「500円としてのS」と、その同じ「500円:1000円」の世界においての「1000円としてのL」とであるか、のSとLの確率比が同じとするか、
あるいは、
「250円:500円」の世界においての「250円としてのS」と、その同じ「250円:500円」の世界においての「500円としてのL」とであるか、のSとLの確率比が同じとするか、
でなければならないのではないでしょうか。

なので、SとLの確率比が同じと言えるときのS,Lは、

けっして、

「500円:1000円」の世界においての「500円としてのS」か、「250円:500円」の世界においての「500円としてのL」かの比率ではなく、
つまり、その世界が「500円:1000円」の世界か「250円:500円」の世界かの比率でもない、

と言えそうです。

それゆえ、僕としては、粟田さんの説明を妥当なものとするためには、さらに恣意的な前提が必要になると思われます。

すみません。すごくややこしいものの言い方になってしまいました。これで、僕の考えが伝わればよいのですが。

SとLというのは、2つの封筒を開けて見た時に、実際にそこにあった、開ける以前からそこにあった、
すでに金額が決まっている、今ある2つの封筒の、
小さい方の金額と、大きい方の金額、という意味です。

つまりトランプを裏返したような、レントゲンを当てれば見えるような、
「正解」の方の2つの金額、という意味です。

追加です。

AとBの小さい方と大きい方は2組ですが、
SとLの小さい方と大きい方は1組なのです。

トランプの2枚の数字がSとLで、
それを裏返して、予想される数字が、
「Aと2A」と「A/2とA」である、
というわけです。

ということは、

今、問題設定を

「E氏が選んだ封筒には500円が入っている。E氏はそれを確かめて知っている。
残りの封筒の中身には実際に1000円が入っている。しかし、E氏はそれが250円か1000円かのどちらかであることだけを知っているが、実際に何が入っているかは知らない。」

と考えることでお願いしてますから、
Sは500円、Lは1000円ってことですね。

しかし、そうやって固定して考えるとすると、今日の8/12の11:58のコメントの推論はどうやってでてくるのですか?
その推論を見る限りは、
Sを「500:1000」のうちの「500」か、「250:500」のうちの「250」かのどちらか、
Lを「500:1000」のうちの「1000」か、「250:500」のうちの「500」かのどちらか、
として考えているように見えました。

すみませんが、
再度、
その、今日の8/12の11:58のコメントの推論が、Sは500円、Lは1000円ってことだと固定したままで、考察できるかを確かめてもらえませんか?
僕にはそれはできないように思えます。

だって、Sが500円、Lが1000円と固定して考えるのであれば、
どこまででも、
その考察は「500:1000円」の世界の中だけの事象の考察でしかなく、
「500:1000」の世界なのか、「250:500」世界なのかを問う確率の話には結び付かないと考えられるからです。

図にしてみたいと思います。

 ① (4A==1/D:1/D==2A)
 ②  A== 1:1 ==2A 
 ③  A== D:D ==A/2
 ④ (A/4== DD:DD ==A/2)

各行は、それぞれ、2つの封筒の組を表していると、考えて下さい。
左右が2つの封筒の金額で、中央がその確率比です。

Aが小さい方か大きい方かの確率比を、1:Dとします。2つの封筒は②か③です。
(図の1:1やD:Dの数字は、2つの行に渡っても確率比が成り立つように、1やDを使いました。)

Aは、自分が金額が小さい方の人なのか、自分が金額が大きい方の人なのかは、自分ではわかりません。
したがって1:Dは、小さい方の人であっても、大きい方の人であっても、
交換して増えるか減るかの確率比として、成り立つ確率比です。
したがって、Bの人にとっても、自分から見ての、自分が小さい方か大きい方かの、確率比になります。


Bを見た人が2Aであった場合、Bから見て2つの封筒は、①か②です。
(ここでも、2つの行に渡っても確率比が成り立つように、1/D:1/Dの数字を使いました。)

Bを見た人がA/2であった場合、Bから見て2つの封筒は、③か④です。
(ここでも、2つの行に渡っても確率比が成り立つように、DD:DDの数字を使いました。)

この図の①②③や②③④から、次の式ができます。

Aの人とBの人が互いに交換した期待値の合計は、AとBの全体の金額のままであるので、

[2A×(1/1+D)+(A/2)×(D/1+D)]+[2B×(1/1+D)+(B/2)×(D/1+D)]=A+B

これを解いてD=2となります。。

Aが小さい方か大きい方かの確率比が、1:2であるということの根拠は、ここから来ているのです。

追加です。

SとLは固定された金額なのですが、
AやBや、あるいは問題を解く人にとっては、それがいくらであるかはわからないのです。
あくまでわからない場合としての、確率比を求めるのです。

追加です。

1:Dは、総額が大きい方の組に属しているのか、総額が小さい方の組に属しているのか、の確率比になります。

その推論をする上で、次の2つの前提が必要となると思います。

(前提1)Dが一定だということ。
つまり、
 ① (4A==1/D:1/D==2A)
 ②  A== 1:1 ==2A 
 ③  A== D:D ==A/2
 ④ (A/4== DD:DD ==A/2)
のような複数の世界を考えるときに、それぞれの世界が存在する確率は等比級数的に存在するということ。
封筒の中身の金額が2倍になる世界同士の存在確率は、どれでも同じ比である。

(前提2)
「500:1000円」の世界における私の500円と
「250:500円」の世界における私の500円と、
「500:1000円」世界における相手の1000円と、
「250:500円」世界における相手の250円との、
それぞれの存在確率との積が、常に等しくなる。

ここまで、合ってますか?

あ、すいません。間違い訂正します。

(前提2)
「500:1000円」の世界における私の500円と
「250:500円」の世界における私の500円と、
「500:1000円」世界における相手の1000円と、
「250:500円」世界における相手の250円との、
それぞれの存在確率との積の「合計」が、常に等しくなる。

でも、ないですね

[2A×(1/1+D)+(A/2)×(D/1+D)]+[2B×(1/1+D)+(B/2)×(D/1+D)]=A+B
えっと、これ、どういう式なのか、全然分からなくなってしまいました

もしかして、

[2A×(1/1+D)+(A/2)×(D/1+D)]+[2B×(1/1+D)+(B/2)×(D/1+D)]=A+B

この式のBは、
「500:1000円」世界における相手の1000円
でもなく、、
「250:500円」世界における相手の250円
でもないような、、
具体的な対象としては決して存在し得ないような、
抽象的で理想的な「相手」を想定した時の、「現実にはあり得ない世界」の相手の額

ってことなのでしょうか?

全然分からなくなってしまいました

この大きい組か小さい組かは、自由気ままに分布しているわけではなく、
始めから完全に、「1:2の金額比で、AとBが互いに交換した時の期待値の合計が、A+Bであるところの確率比である、大小の組」という制約の中で、現れている2組なのです。

>始めから完全に、「1:2の金額比で、AとBが互いに交換した時の期待値の合計が、A+Bであるところの確率比である、大小の組」という制約の中で、現れている2組


そのように定式してもらったおかげで、
僕の感じている違和感が少しはっきりたかもしれません。

そこで言われている「AとBが交換したときの期待値の合計=A+B」というのは、プレイヤーの私と相手の二人が自分の手を見ていないときには、確かに言えるでしょうが、

「二人が自分の手を見てしまった後でも、『AとBが交換したときの期待値の合計=A+B』だと言える」

というのは、かなり恣意的な前提ではないか、
という感じがします。

それ、論点先取っぽくないですか

この感覚、伝わりますでしょうか。

「二人が自分の手を見てしまった後でも、『AとBが交換したときの合計の期待値=A+B』だと言える」

なら、言えるのは分かる気がするのです。でも、

「二人が自分の手を見てしまった後でも、『AとBが交換したときの期待値の合計=A+B』だと言える」

は、それとはまるで違うと考えなくちゃならないと思うのです。

「合計の期待値」≠「期待値の合計」ではないかと。

「二人が自分の手を見てしまった後でも、『AとBが交換したときの合計の期待値=A+B』だと言える」
という話なら、その「B」は
「500:1000円」世界における相手の1000円、か
「250:500円」世界における相手の250円、かの
どちらかとして考えることができるように思うのです。

しかし、

「二人が自分の手を見てしまった後でも、『AとBが交換したときの期待値の合計=A+B』だと言える」
という話ならば、そのBは、
「500:1000円」世界における相手の1000円
でもなく、、
「250:500円」世界における相手の250円
でもないような、、
具体的な対象としては決して存在し得ないような、
抽象的で理想的な「相手」を想定した時の、「現実にはあり得ない世界」の相手の額、

という風に捉えないと考えられなくなるように思えるのです。

あの図と組の説明ですが、

まず①と④の2つの封筒の組の図に( )をつけてあるのは、この2組は、実際には全く存在しない組だからです。
実際に存在するのは②と③の、どちらか1組だけです。

ところがCAを見た人にとっては、自分が①に属するのか②に属するのかわからない。
だから交換した時の期待値の構成要素として、①も排除できずに入ってくるわけです。

A/Cを見た人にとっての④も、同様です。

Aを見た人にとっての、②と③のどちらか1組も、同様です。

実際には、たとえばBを見た人がCAであったなら、存在する2つの封筒の組は②だけです。
ところが自分にはそれがわからないので、交換した時の期待値を求めるには、
Aの人は③の場合を、CAの人は①の場合を、排除せずに含めて、考えなければ(計算しなければ)ならないわけです。

この図はそういう意味の図であって、実際の2つの封筒の組が②であっても③であっても、
AとBが交換した時の期待値には、どの組がどういう割合で含まれているかということだけは、
その上下の組によって正しく示されているという、
言わば、特定の目的だけのために作られた図法での地図のようなものです。
つまり目的以外の面については、検証してみないと、正しく表れていないことがあるということです。


したがって、この図の4つの組において、小さい方どうしも、大きい方どうしも、総額どうしも、大小の平均どうしも、大小の差どうしも、つまり交換時の増減量どうしも、4組全てで期待値が同じになるわけですが、
結果的な面もあります。

探るつもりなら、何か出てきそうな気がしますが、今特に、その必要はないのではないかと思います。


それから、AとBが互いに交換した時の、2人の期待値の合計を求める式の、Bは、ただ単に、CAとA/Cにすれば式を2つ書かなければならないので、Bで代用しただけです。期待されるような、深い意味があるわけではありません。悪しからず、です。

僕の中では、問題がずい分すっきりしたのですが、
それは、やっぱり伝わりにくいようですね。

>この図の4つの組において、小さい方どうしも、大きい方どうしも、総額どうしも、大小の平均どうしも、大小の差どうしも、つまり交換時の増減量どうしも、4組全てで期待値が同じになるわけですが、結果的な面もあります。探るつもりなら、何か出てきそうな気がしますが、今特に、その必要はないのではないかと思います。

ここにとても違和感があります。
僕がこだわっているのは、この4つの組について、「それらの世界の存在確率」を求めるために
その世界を横断するような、他の世界の額や期待値を持ってきて計算してはならないのではないか、
ってことです。

多分これでも伝わらないですね。

だって、

「存在確率が分からない他の世界と横断した期待値」の合計が等しい

って、なんの話だか、僕にはさっぱり意味が分からないのです。
そして、それが等しいことから、存在確率が分かった、と言われても、

僕には、
それは、その「存在確率が分からない他の世界と横断した期待値」を等しいって話を、論点先取して持ち込んだからでしかないのじゃないか、
って、訝しく思ってしまうのです。

どうもずっと同じことしか言ってませんが、どうしてもそこに引っかかるのです。

粟田さんは、

「二人が自分の手を見てしまった後でも、『AとBが交換したときの期待値の合計=A+B』だと言える」

が、なんの前提もなくても妥当な話だとして「言える」と、本当にそう思われるのですよね?
僕にはそれが全く分かりません。

小さい方か大きい方かの確率比については、次のような求め方もできます。最初の、2回交換する方法で、Bになった封筒をもう1度交換する時に、Aの値が何だったのかを知らないような設定ができないかを考えていた時に、思いついた方法です。

Aの金額を見ていない人が、Bの封筒を、金額を見ないで交換するとする。

交換した時に、金額が2倍になる組か、金額が1/2になる組か(つまりその金額が小さい方か大きい方か)の確率比を、1:Dとする。

金額が2Aであれば、交換した期待値は 2A×(1/1+D)+(A/2)×(D/1+D)  これを4Gとおく。
金額がA/2であれば、交換した期待値は 4G×[(A/2)/2A]=G

金額が2Aである確率は1/1+D、金額がA/2である確率はD/1+Dなので、交換した期待値は
4G×(1/1+D)+G×(D/1+D)

交換した金額はAになるから 4G×(1/1+D)+G×(D/1+D)=A  これを解いて D=2
したがって、確率比は1:2である。

すみません。修正です。
6行目がまちがいで、正しくは、

金額が2Aであれば、交換した期待値は 4A×(1/1+D)+A×(D/1+D)  これを4Gとおく。

でした。

単純に読解できないで困っています。
「金額がA/2であれば、交換した期待値は 4G×[(A/2)/2A]=G」

というのは、最初に引いた金額がA/2だったときにそれを交換した場合の期待値が1/4になるって、意味ですか?

それはどういうことを仰っているのでしょう?
それが何の話か見えませんのでそのあともまるで話が見えていません

>金額が2Aである確率は1/1+D、金額がA/2である確率はD/1+D


なぜ、2AとA/2なのでしょうか?話の設定からついていけてない気がします

期待値の和=和の期待値
上記の公式は「和の期待値は期待値の和に等しい」ことを表しています。期待値のこのような性質を「期待値の線形性」と言います。(線形性についてのより詳しい説明は高校数学における線形性の8つの例参照)
期待値の線形性は数学Cの教科書に乗っているので記述式の解答で用いても問題ありません。

横山さん。お久しぶりです。

上の文章は、WEB版の「高校数学の美しい物語」の「和の期待値は期待値の和」という項目の中にあるものです。その証明も書かれていますが、Σを使った数式ですので、この投稿に書き写すのは難しそうです。
そういうわけで私は、「「二人が自分の手を見てしまった後でも、『AとBが交換したときの期待値の合計=A+B』だと言える」と考えています。

またDの別の解き方として、Aを2回交換(2回目はAの金額を知らない別の人が、 
封筒の金額を見てから交換)した時の期待値が、最初の封筒の金額のAと一致
することからも、D=Cと計算できると思います。

なお、はてなブログをまた、修正しました。8月5日にタイトルを修正した時に、誤って古いタイトルでの中身を消してしまったので、8月15日にとうとう、グーグルの言葉での検索では出てこなくなりましたが、https://awakuntan.hatenablog.com/ なら出てきます。言葉での検索で出てくるまでには、まだ10日前後かかりそうです。

粟田さん、分かりやすいです。有難うございます。

反論します。

2019/08/12 21:18:39で
>「二人が自分の手を見てしまった後でも、『AとBが交換したときの合計の期待値=A+B』だと言える」なら、言えるのは分かる気がするのです。でも、「二人が自分の手を見てしまった後でも、『AとBが交換したときの期待値の合計=A+B』だと言える」は、それとはまるで違うと考えなくちゃならないと思うのです。「合計の期待値」≠「期待値の合計」ではないかと。

と僕は確かに言っています。それはまるで「期待値の線形性」を否定するかのような表現になっています。これは、僕の表現の不味さで誤解を生む書き方だったと思います。しかし、そこで言いたかったことは、単なる一般的な「期待値の線形」を否定しようとしたものとは全然違うことをいおうとしたものだったのです。
粟田さんの言うように、一般的にはもちろん、「期待値の和=和の期待値」です。

しかし、今回の問題では、この線形性は当てはまらず、やはり線形では「ない」とかんがえるべきだと、僕は考えています。


例えば、2封筒の中身が「500円か1000円か」であるときに、
「A,Bそれぞれが得る金額の期待値の合計」=「2封筒の金額の合計がいくらになるかの期待値」
は、もちろん言えます。
このような、前者と後者とが同じ対象についての金額を求めて期待値を計算するような、期待値の計算では、当然、線形な関係が成り立ちます。期待値の線形とはこのような、「ある一つの世界の中だけで期待値を考える場合」あるいは「複数の世界があってもそのそれぞれの存在確率が確定している場合」にのみ成り立つものではないでしょうか?

しかし、今回の問題では、ずいぶんと具合が違います。

例えば、2封筒の中身が、(α)「500円と1000円」である世界なのか、(β)「250円と500円」である世界なのかの、世界の確率が確定してるとは限らない場合だということです。

このαの世界で、AとBが手を見た後で『AとBが交換したときの合計の期待値』は、「合計の期待値=A+B」で、1500円だといえます。当然ですね。
同様に、
βの世界でも、AとBが手を見た後で『AとBが交換したときの合計の期待値』は、「合計の期待値=A+B」で、750円だと当然言えます。

でも、「二人が自分の手を見てしまった後でも、『AとBが交換したときの期待値の合計=A+B』だと言える」かと言うと、そこには線形性は入って来ないんじゃないでしょうか?
つまり、
「存在確率の不明な複数の世界を跨ぐような期待値」なんてものが、何を意味するのか不明であるのに、それを計算しようとしてるので、そこに線形性があるかないかなんてことは言えない、ってことです。

例えば、
問題設定からは存在確率が不明であるようなα世界とβ世界で、Aが500円だったときに、
〈そのAの500円とBの金額との合計の期待値〉を、〈500円+Bの期待値〉と等しいとすることができるでしょうか?
その〈Bの期待値〉って〈問題設定からは存在確率が不明で、つまり、250円か500円かの割合が問題設定からだけでははっきりしていない時の、250円か500円かの期待値〉って話になっているのではないか?
その無茶を越えて、それを求めようとしてるのではないか?
という主張なのです。


もちろん一般的な確率問題では、期待値の線形が成り立つのは認めますが、
今回の問題は、そのようなまともな確率問題にはなっていないのではないか、
そもそも「期待値」が求められるような問題ではない擬似的確率問題ではないか、
だから、当然、線形性もないだろう。

ということが言いたかったわけです。

横山さん、お久しぶりです。
またはてなブログを更新しました。
「2つの封筒」や「2つの封筒問題」で、グーグルの4ページ目ぐらいに出てきます。
後ろに「2組」などをつけると、最初の方に出てきます。
また見ていただければ、ありがたいです。

粟田さん、お久しぶりです

https://awakuntan.hatenablog.com/

の記事ですか

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