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2014年10月 3日 (金)

ダメットの反実在論・まとめ<意味の意味Ⅱ−8>

ダメット「実在論(1963)」を読む7

ダメットの反実在論の三つの最重要点

ダメットの反実在論の最重要ポイントは3点。正当化のみに頼る言語の価値づけと、定言的言明のための限定的排中律設定と、言語の個人性および即時性である。
1.ポイントの一つ目は、数学の構成主義の考え方を存在論に持ち込むことによって、証明や正当化のみが言明の正しさを価値づけることができるとすることである。正当化のみが世界記述に価値を持ち得るということは、世界がもともと持っている真なる姿をわれわれが覗き見ているという実在論的世界像は虚構でしかなく、われわれの言語が無ければ世界に真偽は無く、言語があって初めて世界が実質的に意味あるものになるとするものである。
2.二つ目はその言語観にある。ダメットの言語論では、世界を記述するための語の意味は、世界観察の際に限定的な排中律を持ち込むことによってその概念を形づくることができ、そこで初めて意味を持つことができるようになる。世界を確かめる直接観察と限定的排中律と語の概念を、三すくみで同時に設定することによって、定言的言明を為すことができるとするのである。
3.三つ目は言語の即時性である。ダメットの世界観では、世界の正しい姿は、神の視点による真理などが仮りに無かったとしても、世界を記述する言語そのものにちゃんと世界の正しい姿が現れるとする。そして、その、世界記述の言語は決して万人に共通のものではない。発話者が直接観察と排中律と語の概念を立ち上げることによって初めて意味を作り出すものであり、また聞き手がその直接観察と排中律と語の概念を理解することによって独自に意味を作り出すものである。個人個人がそれぞれに個別の言語ゲームを理解しているとするものである。言語はそのつどそのつど即時的な言語がその人にとっての世界を立ち上げるとするのである。

いろいろな反実在論

この3つの独自の反実在論的な視点によって、ダメットは数学と物的対象と科学と心象と過去未来についての世界観を振り返ってみる。

まず、数学についてである。ダメットはプラトニズムを数学における実在論的立場とし、構成主義を反実在論的立場としている。
プラトニズムによれば、数学的言明の意味とはその言明の真理値をわれわれが認識できるかどうかとは独立に確立しているものである。たとえばフェルマーの最終定理「x^n+y^n=z^nはn>2、x,y>0について解を持たない」に対して証明する方法が存在しなかったとしても、この定理が真であり得ないと仮定する理由は何もない。特段の理由など無くてもこの式はたまたまどのxyznの4つ組についても成り立つと言っても構わないのだ。
一方、これに対して、構成主義は、数学的言明の意味とは何が言明の証明になるかの規定に他ならないとする。フェルマーの最終定理はそれを証明する方法を発見したときのみに真であり得るとするのだ。

この実在論的立場と反実在論的立場の視点を、科学の問題に取り入れると次のようになる。
科学的実在論によると、科学理論とは特定の誰かに世界がどのように現れるかというのではなく、世界にそれ自体として本当はどのようにあるかを暴くことを目論むものである。これに対する反実在論の立場は科学実証主義になる。科学理論とは観察可能なものと観察可能なものを結び付けるいろいろな諸法則にパターンを押し付ける便法に過ぎず、理論はそこから導出できる法則に乗っかっているだけのものである、とする。

また、この実在論的立場と反実在論的立場の視点を、時間の問題に取り入れると次のようになる。
ダメットが言う実在論によると、未来や過去に関する言明は端的に真であるかまたは偽である。これに対し、反実在論によると、未来は端的にまだ存在していないものである。もし、それが真かまたは偽であるとされるならそれは現在にそうなるだろうと予想されるとか、そうするつもりであるとかという「現在の視点による未来」に限定されるのである。そして、それは現在の時点で真偽が確定するものでもなく、それゆえ排中律は成立しない。また、過去についても、たとえば「ラッセルの5分前世界創造説」のようなデカルト的懐疑については真偽が解答不可能であるから、過去であろうとそれが真でも偽でもないという言明が可能になる、とするのである。

実在論と反実在論の両者間の論争は、与えられた言明の証拠も反証も存在しないかも知れない言明のクラスに関してのみ持ち上がる。そして、その言明に対して排中律を受け入れるか否かが実在論を取るか否かの決定的テストになる。(「実在論」「真理という謎」所掲p111)

心身問題についても、例えば「私が話を遮られたときAのことを言うつもりだった」という言明を「私が話を遮られなかったならAのことを言っていたであろう」という事実とは違う条件法言明(反実条件法)が真か偽かのいずれかであるとすることに意味があり、実際に排中律が成り立つと考えるのが、実在論の考え方であり、同一説がこれを支持する。これに対し、事実とは違う反実条件法などに真偽が決定できるわけが無いとする考え方が、反実在論であり、排中律が成立しないとする。

ダメットが説く反実在論は、様々な分野で説得力のある論を展開する。ダメット以前の反実在論が還元主義的であったものを、ダメットの言語論的な視点で新たな切り口を見せた。還元主義批判によってほとんど否定されていた反実在論がこれによって、敢然と息を吹き返すことになった。
ダメットは論文「実在論」を次のように結んでいる。

反実在論者が還元主義を選んだがために、実在論者はあまりにも容易に勝ちどきを挙げた。(同p127)

つづく

意味の意味Ⅱ

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コメント

師匠へ。
昨年の夏くらいから、仕事がにわかに忙しくなったのと、日本の神様を考えることにハマっていたので、ダメットさんのところ十分読めていなかったのですが、今回読んでみて、師匠が推す理由がとてもよくわかったように思います。もちろん、原文を読んでないので、師匠解釈のダメットということになりますが。師匠の原文の解釈力と解りやすいスマートな解説には、いつもながら驚がくさせられます。ブログを、論文すればいいのにと思います。ダメットさんの本、買ってみようかなと思ってます。初の哲学の翻訳書購入になります。

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