フォト
無料ブログはココログ

« クリプキの固定指示子による同一説批判<意味の意味2> | トップページ | 穏健な基礎付け主義とゲティア問題<意味の意味4> »

2014年3月14日 (金)

知識のJTB説とミュンヒハウゼンのトリレンマ<意味の意味3>

知識の意味を考える。

前節のクリプキの可能世界論の話から直接、サールやパトナム等の内在外在論争を見ていこうと考えていたのだが、どうも何を考えるべきかがあやふやになってしまうように思えるので、ここでいったん話を切り替えて、歴史的な知識論を見ていくことで議論の大枠をしっかり確認しておきたい。話の構成がちぐはぐになってしまうが、目をつぶっていただきたい。
問題にしたいのは、「世界がどんなであるかを知る」とは如何なることなのかを明らかにしたいということだ。意味の内在外在論争は知識に関する問いの文脈の中の問題である。

初めに、「知識」とは何なのかを考えてみよう。まず、手元の辞書を引いてみる。
【知識】ある事項について知っていること。その内容。明白な認識。
なのだって。じゃあ「知る」って何?
【知る】物事の内容を理解する。わきまえる。悟る。
じゃあ「理解」は?
【理解】物事の道理をさとり知ること。
うーん。「悟る」は?
【悟る】つまびらかに知る。物事の道理を明らかに知る。
【つまびらか】くわしい。ことこまやか。
【明らか】はっきりしている
【認識】物事をはっきり見分け判断すること。
【判断】考えをまとめ定めること。

なんだか、循環に陥ってしまいそうだが、とりあえず「知識」というのは辞書的には「物事をくわしく明らかに自分の考えをまとめ定めること。また、その内容。」というような意味らしい。
何を当たり前のことをぐだぐだと無駄話しているのかと叱られそうだが、これが結構当たり前の話ではない。「知識」とは何かというこの単純な問いが2400年間も哲学の最重要テーマなのである。

 

プラトンのJTB説

「知識」の意味をはじめて定式化したのはプラトン(BC427~BC347)なのだそうだ。
Platon
紀元前5世紀のアイデアが現代哲学のテーマとしてそのまま議論されるほど新しい問題なのだから、すごい話だ。プラトンが示した知識の意味ってのはこうだ。「知識とは正当化された真なる信念だ。」正当化された真なる信念(justified true belief)略してJTB。(旅行会社の名前みたいだが、こっちの方が2千年早い。)
世界のあり方について,確かにその通りだと考えるためにはその考えを根拠付ける理由が必要だ。つまり、世界がそーなっているということを正しいとするためには何らかの「正当化」が必要であると言える。
それから、世界のあり方について間違った内容を間違ったまま信じていたとしてもそれが知識だとは言えないだろう。だから、何らかの信念が知識であるためにはその内容が「真」でなくちゃいけない。
それも、その内容が真(あるいは偽)だと判断できるような考えでなくちゃいけない。プラトンは誰かが真だと思っているような考えのことを「信念」と言った。
誰かが、真っ当な理由をもって、何かが真だと思っているような考えを持っていて、それが真であるとき、その人は知識を持っている・・・とこうなるのだ。これがプラトンによる知識のJTB説。
めんどくさい語り方をしているようだが、かなりすっきりとした話になっていると、僕は思う。

 

基礎付け主義

このJTB説のアイデアを基にして、確固たる知識を得るために、知識の正当化を確実なものにしようとする探究方法がさまざまに考えられた。これが「基礎付け主義」である。
基礎付け主義の最初の提唱者はアリストテレス(BC384~BC322)らしい。すべての知識には基礎となる基本的出発点があるとしたのだ。
Aristoteles

 

デカルトの「コギト」

デカルト(1596~1650)の「コギト」もその基礎探しの中で発見されたものだといえるだろう。「我思うゆえに我ありコギト・エルゴ・スム」は、懐疑できる懐疑をし尽くしてそれでも懐疑しきれない存在として残ったものだった。デカルトは、この「我」をすべての知識の基礎となる基本的出発点にして、世界を確実に知る術を掴もうと試みた。しかし、この試みを成功だと考える人は少ないのではないだろうか。世界に関する確実な知識を「我」から引き出すために、デカルトは神を持ち出さなくてはならなかった。これはどう考えてもダメだったと評価されるべきだろう。
01dekarto_4

演繹情報量非増加の原理

だいたい、情報量が大きなところから情報量の小さい推論を引き出すことは可能な話であるが、逆の、情報量が小さなところから情報量の大きな推論を引き出すということは無理なのである。演繹という推論においては、結論の情報量はもとの情報量より大きくなることはない。この原理を「演繹情報量非増加の原理」と呼んでおこう。(この呼び名は僕が今考えたものなので他では言わないように。ちゃんとした名称があるのだろうが、調べても分からなかったので勘弁してほしい。)懐疑を尽くして疑わしきものをすべてふるい落とし、完全なる真のものとして残された「我」は、すでに情報量がほとんどゼロの残り滓でしかなかったのだ。どんなに確かな真実として「我」の存在を見出せたとしても、そんな情報量最小のものから出発したのでは、どんな推論も世界に関する有意味な情報には到達し得ないのだ。デカルトのやり方はもともとダメだったのである。

 

ミュンヒハウゼンのトリレンマ

知識の基礎付け主義は、上の演繹情報量縮小の原理以外にあと2つの問題によって、役立たずだと完全否定される。1つが「ミュンヒハウゼンのトリレンマ」、もう1つが「ゲティア問題」である。基礎付け主義には、「古典的基礎付け主義」のほかに「穏健な基礎付け主義」と呼ばれるものがある。デカルトのコギトのような、完全な確実性を求めた基礎付け主義を「古典的基礎付け主義」と言い、一方、完全確実な正当化でなくても信念が得られ、それだけで知識の基礎となり得るとするものを「穏健な基礎付け主義」と言う。ミュンヒハウゼンのトリレンマが「古典的基礎付け主義」を否定し、ゲティア問題がJTB説もろとも「穏健な基礎付け主義」を否定する。ここではまず、ミュンヒハウゼンのトリレンマが古典的基礎付け主義をつぶす姿を見ていこう。

「ミュンヒハウゼンのトリレンマ」という名前だからと言って、別にミュンヒハウゼン氏によって発見されたテーゼだというわけではない。自分の髪を引っ張って底なし沼から自分を引上げたというほら吹き男爵の名前ミュンヒハウゼンを、循環論的な問題の比喩として用いているのだ。「トリレンマ」とは3つの話が絡まって困った内容になっているということである。「ジレンマ」が2つの話が絡まって困った内容になることに対して、3つだから「トリ」である。つまり、無理に言い換えるとしたら「循環のジレンマ」とでも言えるような感じの意味である。
Munchhausen
3つの話とはこうである。
(1)正しいと言えるためには根拠が必要である。
(2)根拠付けを途中で切り上げて、どこかである根拠を「原理」や「公理」としてしまい、「それを証明なしで正しいと見なす」とした場合、その原理・公理自体は確実ではない。
(3)もし、A→B→C→D・・・の連鎖が、どこかでAに戻ってくるならば、循環論法になってしまうので、正当化は無効である。

以上。
このミュンヒハウゼンのトリレンマによって、完全な根拠付けの不可能性が証明されてしまった、と言われている。僕もそれが証明されていることは明らかだと思う。
基礎付け主義の立場に立って、ある命題Aを真だとするには根拠を必要だとするのなら、命題Aを根拠付ける真の命題Bが必要になる。そして命題Bが真であるためにはそれを根拠付ける真の命題Cが必要になる。そして、この根拠付けはどこまでも続く。基礎付けを必要だとするなら、根拠付け作業は無限に続けなければならないことになる。途中で、「原理・公理」という完全な根拠に辿り着いたことにしようとしても、そのとき、「その原理を無根拠で真な命題だとできる」と取り決めることになってしまうので、すでにそこで「基礎付け」を諦めてしまっていることになるのだ。また、根拠をもとの命題Aに求めようとしてもダメである。自分の髭を引っ張って底なし沼から自分を引き上げようとするようなもので、その根拠たちのどれもが起点になれないまま、ずぶずぶと沈んでいくほか無いものなのになってしまうのである。根拠付けの連鎖は循環にすることはできない。「基礎付け」を諦めないのなら根拠付け作業を永遠に続ける以外ないのだ。しかし、そんなことは不可能である。だから、「古典的な基礎付け主義」は否定される。
デカルトは、どう足掻いても届かない無謀な基礎付け根拠を求めていたのである。

穏健な基礎付け主義とゲティア問題によるその否定は次節で考える。

つづく

意味の意味

« クリプキの固定指示子による同一説批判<意味の意味2> | トップページ | 穏健な基礎付け主義とゲティア問題<意味の意味4> »

コメント

下宿屋のおばちゃんが「方法序説」を読んでいるのがフランスという国だと昔どこかで読んだのを覚えています。それだけ哲学が市民権を得ているのだということですね
「演繹情報量縮小の原理」には反対ですね、数学など典型では無いでしょうか。ある証明が実は他の問題まで一網打尽にしてしまうなど。先日の例会で話したABC予想などはまさにそれで(ABC予想の詳細はWikipediaを、僕などには説明出来るものではありません。でもWikipediaで凄さはわかっていただけるかと)。小さいところから遙かに大きなものを

「知る」を少し矮小化しすぎている様な気がします、というか、多分そうだと思います。
もし「言語レベルに限っての知る」と定義されているなら、以下は蛇足です、読み飛ばしを。
少なくとも、知るとは人間にとっては身体的なものです。またその人個人にとっても歴史的なものです。今読んでいる本ではそういうものを「来歴」と言っています。その意見には賛成です。
言語ゲームをもう少し緻密にした、程度にとってしまっては、寂しい気もします。大雑把な言い方ですし、言語ゲームの詳細も僕はよく存じませんが、少なくとも、「どのように」言語の意味が文脈(コンテクスト)依存的なのか、は重要な気がします。そういう意味で文脈を捉える為に必要な身体、そして脳、を知ることは不可欠だと思います。
今日、消去的唯物論というものを知りました。消去主義と検索すれば色々出てきます。
僕が言いたかったのはこれかな、と思いました。でももう少し僕の方が広い気がします、というか勝手に思っています。
とりあえず色々図書館にオーダーしました。
これについては同好会で発表したいと思います。

はじ銀さん、コメントありがとうございます。はじ銀さんの来訪、とても嬉しいです。


また、発表を考えてくださっているのですね。それはうれしいニュースです。楽しみにしています。

プラトンのJTB定立の説明はかなり、「知識や意味は頭の中にある」とする内在派グループに寄っています。これに対してクリプキ・パトナムらは「知識や意味が頭の中だけにあるとは言えない」とする外在派に位置づけられます。外在派の論説に「因果説」があります。名の意味は最初の命名儀式によって取り決められ、人から人へと渡される、とするものであったり、ある信念は世界に生じている事態が原因となって引き起こされるもの、とするものであったりします。はじ銀さんの言われる「来歴」はそのような考え方の延長線上のものでしょうか。そうであれば、はじ銀さんは外在論派的かも知れませんね。
その辺りでJTBに違和を感じられるのかも。

それから、演繹で情報量が増えることがあるというのは、誤解ではないでしょうか。
ABC予想というのがWikiでみてもよく解らなかったのですが、単純な仮定から豊潤な内容が導出できたとしても、それが演繹であるのなら、もとの仮定が最初からその豊潤な内容を内含していたと考えるのが論理学でも数学でも一般的だと思います。8個+αという少数の公理によって数論の広大な世界が生み出されたとしても、それは、その最初の公理に含まれていたと普通考えます。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/548679/59292762

この記事へのトラックバック一覧です: 知識のJTB説とミュンヒハウゼンのトリレンマ<意味の意味3>:

« クリプキの固定指示子による同一説批判<意味の意味2> | トップページ | 穏健な基礎付け主義とゲティア問題<意味の意味4> »