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2012年8月15日 (水)

家族的類似性の基準と徴候≪「哲学探究」を探求する14≫

家族的類似性について、考察する。
ウィトゲンシュタインは、語の意味を確定しなければならないという考えを誤った思い込みだとして排除する。では、本当に語の意味が確定できなくてもよいのであれば、語はいかにして意味を持つことができるのだろうか。ウィトゲンシュタインは、これについて「家族的類似性」というアイデアをもってきて説明しているが、本節ではこのアイデアをもとに、語がいかにして有意味なものになるのかを見ていきたい。

 

フレーゲへの反論

前節で、語の意味を固定させようとしたラッセルへの反論に触れたが、ウィトゲンシュタインはフレーゲに対しても似たような反論を挙げている。
「「<ゲーム>という概念がこんな具合に未限定であるなら、お前は自分の考えている<ゲーム>の何たるかが元々わかっていないのだ」[という批判は本当だろうか]」(「探求」第70節)
「<ゲーム>という概念は輪郭のぼやけた概念だと言うことができる。「だが、ぼやけた概念などそもそも概念なのか。」ピンボケ写真は人間の画像なのか。[いや、逆に]ピンボケのものこそ、まさに我々が必要とするものではないのか。フレーゲは概念の領域を比較して、明確な境界が決まっていなければ人は領域と呼ぶことはできないと、言う。その意味するところは、おそらく、それでは我々は何も始めることができないということである。しかし、「どこかその辺に立っていろ」と言うことは無意味であろうか。」(「探究」第71節)
「私が誰かに「どこかその辺に立っていろ」と言うとき、この説明は完全にその機能を果たしていないか。でも、その説明は不正確ではないか。その通り、不正確である。[しかし]「不正確」は今や「使用不能」を意味している訳ではないのだから、どうしてこれを不正確と呼んではいけないのか。」(「探求」第88節)

境界が決まっていない領域は領域ではないのだから、意味を確定し得ない語からは何も始めることはできないと、フレーゲは言う。しかし、ウィトゲンシュタインはこれに疑問を投げかける。「どこかその辺に立っていろ」という言葉は、境界のはっきりした領域を示しているわけではないけれども、有意味であることは確かだ。境界のはっきりしない語でも明らかに意味を持つのである。ピンボケ写真のすべてが無意味であるはずはないのだ。

 

ぼやけた長方形からはっきりした長方形を描く

「今、一つのぼやけた画像に対応するはっきりとした画像を描かなくてはならないとする。前者にははっきりしない赤色の長方形があり、それに対して輪郭のはっきりした長方形を描くわけである。もちろん、その対応する長方形はいくつも描くことができるだろう。しかし、オリジナルの方の色の境界の痕跡もなく、互いに融け合っていたら、その時は、対応する画を描く見込みはなくなるのではないか。―このような困難に直面したら、たとえば良いという言葉の意味を我々はどのように学んだのかを自らに問えばよい。どのような例に即してか。どのような言語ゲームの中でかと。」(「探究」第77節)
PhotoPhoto_2
ぼやけた長方形Aからはっきりした長方形Bを描く

ぼやけた長方形Aからはっきりした長方形Bを一つだけ確定することは、できない。一つの長方形を確定することができないだけでなく、長方形Bはいくつでも好きなだけ好きなように描けるのだ。つまり、ぼやけた長方形Aは有意味な情報を何も持っていないのではないか。無意味な図形でしかないと言えるもののではないのか。しかし、そうではないのだ。境界のはっきりしない無意味に思える語でも、言語ゲームの中でははっきりとした情報になり得るのだ。それが、たとえば「その辺に立ってろ」の「その辺」である。僕の家で僕の妻が「その辺」と言うなら、それは「居間のどこでも好きな所」という意味になる。我々は、自分がどんな言語ゲームの中で生きているのか、はっきりさせられていないのかも知れない。我々が言っている言葉ははっきりしないものなのかも知れない。しかし、はっきりしない言語ゲームの中で、はっきりしない語を使うとき、その意味が有意味になる場合があるのだ。その語を有意味になる語として、言語ゲームを有意味になる言語ゲームとして受け止めて生きていくことができるだけであり、我々のはっきりしない語とはっきりしない言語ゲームがはっきりしたものになるのだ。おっと、あまりに考察を急ぎすぎてしまった。ここで、具体的にどんな場面でどんなふうに、ぼやけた語が使えるものになるのかを、考えてみたい。家族的類似性は、語と言語ゲームがはっきりした解釈を持たない状況について説明するアイデアとして、ここで登場する。

 

家族的類似性

「普通、或る一般名詞が指す対象のすべてに共通な何かを探す傾向[を、思考の探求を妨げる思い込みとして、我々は持つ]。例えば、すべてのゲームに共通なものがなければならない[という思い込み]。この共通な性質こそ、一般名詞「ゲーム」を様々なゲームに適用する根拠であると我々は考えやすい。しかしそうではなく、様々なゲームは一つの家族を形成しているのであり、その家族のメンバー達に家族的類似性があるのだ。家族の何人かは同じ鼻を、他の何人かは同じ眉を、また何人かは同じ歩き方をしている。そして、これらの類似性はダブっている。」(「青色本」ちくま文庫版43ページ)
Familylikeness_3
同じ口元、同じ目元、同じ眉、同じ鼻、同じ歩き方、同じ髪、全体を貫く性質はないが一つの家族だ。家族的類似がある。

何かの語があるとき、その語の意味は、一般的に、その外延と内包で示される。つまり、その語が指示する対象をすべて挙げるか、その語が指すものが共通して持っている性質を挙げるかすることによって、はっきりさせることができると考えられている。しかし、この外延や内包によって、語の意味を明らかにすることはできないというのが、家族的類似性というアイデアだ。語は、外延をすべて挙げることができたり、内包の性質をはっきりさせることができたりするものばかりではない。普通一般に使われている語は、外延や内包がおぼろなものであって、「家族の何人かは同じ鼻を、他の何人かは同じ眉を、また何人かは同じ歩き方をしている」というような家族の似かたに譬えられるような似かたをしているものに過ぎないのだ。語が示す外延全体を貫くような一つのはっきりした内包が無くっても、その語は一つの語としてあきらかに意味を持つのだ。

 

「基準」と「徴候」

ここで、ウィトゲンシュタインは、外延と内包に代わる、語の意味を設定する道具として、「基準」と「徴候」というものを挙げる。
「初等的な混同を避けるために二つの言葉を導入しよう。「○○であることはどうして分かるのか」この問いに「基準」をもって答える場合と、「徴候」をもって答える場合がある。或る種のバクテリアによる炎症が医学的にはアンギーナと呼ばれているとして、具体的症例にあたって「この男がアンギーナに罹っているという理由は何か」と尋ねるとき、「かくかくのバクテリアを彼の血液に見つけたからだ」と答えるのが、「基準」つまりアンギーナの定義的基準と呼べるものを与えている。一方、「彼ののどが炎症を起こしている」と答えるのがアンギーナの徴候を与えている。…しかし、実際には、どの現象が定義的基準で、どの現象が徴候なのか尋ねられると、大抵の場合、その場その場で勝手に決めて答えるほかはないだろう。」(「青色本」ちくま文庫版59ページ)
語の意味を決定する物差しとして「基準」と「徴候」がある。そして、この「基準」は語の意味を定義として決定するものさしであり、言わば「定義的な内包」である。一方、「徴候」は、定義から予測したり観察して調べたりして結果的に得られる語の性質であり、言わば「結果的な内包」である。もし、この「基準」と「徴候」が語について、それぞれ確定的に決まっているのであれば、語の内包ははっきりと確定し得るものになる。しかし、「基準」と「徴候」は実際には、何が「基準」で、何が「徴候」かがはっきり区別されていないのだ。人はそのはっきりした区別を知らないで語を使っているのではなく、もともとそんなはっきりした区別はないのである。我々は大抵の場合、自分で使っている概念を明確に定義せずに使っているのである。それなら、人が使っている日常語は意味が限定的になってしまうかと言えば、そんなことはない。多くの語は厳密な定義などないが、それこそが語の本質なのであって、決して欠陥ではないのだ。
「多くの語には厳密な意味がない。だがこれは別に欠陥ではない。それを欠陥だと考えるのは、ランプの光にははっきりした輪郭がないから、真正の光ではないと言うようなものだ。」(「青色本」ちくま文庫版66ページ)

 

言語ゲーム自体にも家族的類似性が当てはまる

また、ウィトゲンシュタインは、家族的類似性が、一つ一つの語の意味についてのみでなく、言語ゲーム全体についても当てはめることができ、言語ゲームのルール設定自体が家族的類似性を持つによって、はっきりさせられることを拒んでいるのだと言う。
「人々が野原でボール遊びに興じ、様々なゲームを始めるが、その多くを終わりまで行わず、その間にボールを当てもなく空へ投げ上げたり、たわむれにボールをもって追いかけっこをしたり、ボールを投げつけあったりしているのを、我々はきわめて容易に想像することができる。そして、このとき、この全時間を通じて人々はボールゲームを行っているのであり、それゆえボールを投げるたびに一定の規則に準拠していることになるのだと、人は言うだろう。でも、我々はゲームをするとき、<やりながら規則をでっちあげる>ような場合もあるのではないか。また、やりながら規則を変えてしまう場合もあるのではないか。」(「探究」第83節)
言語ゲームのゲーム規則自体が固定されているわけではない、ゲーム自体がはっきりと確定できるものではないのだ。ゲームのルールを確定して設定できるような神の視点があるわけではなく、ゲームをやりながらゲームのルールをでっちあげることも認められている。つまり、言語ゲーム自体も家族的類似性のゆるやかなまとまりの中で、そのルールを働かしているのだ。
「歯の或る虫食い状態で、普通歯痛と呼ばれるものを伴わない状態を「無意識的歯痛」と呼び、そのような場合、歯痛があるがそれを知らないという表現を使うのがむしろ実際的だと考えられることもあり得る。」(「青色本」ちくま文庫版55ページ)
「方程式x2=-1は、解±√-1を持つ。だが、この式は解をもたないと言われた時代があった。…それと類似的に「直線は円に常に交わる。或る場合は実数点で、また或る場合は虚数点で」と言うことも「直線は円と交わるか、交わらないでその交差がα離れている」と言うこともできる。この二つの陳述は正確に同じ意味である。」(「青色本」ちくま文庫版69ページ)
たとえば、「無意識的歯痛」などあり得ないとする言語ゲームでも、「無意識的歯痛」を使う言語ゲームでもどちらでも行うことができる。どちらがより正確であるということは一概に決められない。どちらのゲームを行うかはゲームを行う人が決めればいいのだ。たとえば、方程式の解を無しとするゲームでも、解ありとするゲームでも、どちらでも行うことができる。どちらがより正確であるということは一概に決められない。どちらのゲームを行うかはゲームを行う人が決めればいいのだ。たとえば、道路の曲がり具合を円弧の半径で示すときに、全く曲がっていない直線の道路を「曲率半径無限大∞」で表すゲームでも、「半径無限大の円などない」と突っぱねてしまうゲームでも、どちらでも好きな方を行っていいのだ。たとえば、「死後の世界などない」と言いながら、お彼岸の仏壇に手を合わせることも、実際に可能である。矛盾し合う二つのゲームを、同時に行うことさえできてしまうのだ。

 

語の、結果的でとりあえずの有意味性

行っているゲームのルールは固定されているわけではないのだから、「家族的類似性」の範囲でゲームを次々と新しく変えていくことができる。ゲームが新しくなるときには当然、語の意味も新しくなる。それでも、ゲームはゲームとして成立し得るのだ。そして、語は内包と外延が確定していなくても、有意味になるのだ。
語の意味は、個別にそれぞれ一つ一つが固定されていなくてもいいのだ。ゲームのルールも事前に固定されている必要はないのだ。ラッセルやフレーゲが考えたように語の意味が事前に確定させられていないのであれば語が無意味になるなどと言うのは、まったくの偏見で、誤った思い込みだったのである。語の意味や語の使われ方を事前に確定しようとするのは、経験的にも理論的にも不可能なのである。だからと言って、語が無意味になることはなく、語は言語ゲームの中で、結果的に、とりあえず、有意味になりえるのだ。ポイントはこの「結果的に、とりあえず」というところである。意味のはっきりしない語でも、ルールのはっきりしないゲームの中で使われるときでも、そのゲームの参加者がたとえ恣意的だったにせよ意味を掴み取ることで、語とゲームは、結果的にとりあえず、有意味になり得るのであり、それで十分なのだ。事前に語の意味が確定できなかったとしても、結果的にとりあえず、語の意味が使えるものになることはあるのであり、結果的にとりあえず有意味になっていればそれでOKなのだ。そして、語とゲームの内容が事前に固定されていなかったとしても、そこに或る有意味性を受け止めることができるのであれば、そこに言語ゲームは成立し、語と我々の生は有意味なものになるのだ。

次節では、さらに具体的な場面での言語ゲームの成立について考えてみる。

つづく

「探究」を探求する目次

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コメント

鈴木です。
18日付で「メルロー・ポンティーの身体の哲学」等、私なりに努力してながいコメントを投稿させていただき、その後なにか応答があるものと1週間ほどお待ちしておりましたが、何もなく、不審に思って改めてココログ広場から検索してみると8月15日付でブログが更新されているのを見てびっくりしました。
私は横山さんのブログを「お気に入り登録」して、そこから投稿していたので、古いブログに「お蔵入り」されてしまっていたんですね。うっかりしました。
私のコメントを読んでいただけたのでしょうか?
もし読まれたうえで「黙殺」されたのであれば、もうこれ以上私がコメントを寄せる意味がなくなります。横山さんの英米系の言語・分析哲学と私のドイツ・フランス系のポスト・モダン思想の異種格闘技戦のようで、面白いと思っていたのですが、しょせん「水と油」でかみ合わないようですね。

鈴木さん、こんにちは。
コメントを寄せてもらっていたのに、お返事せず申し訳ありませんでした。コメントは読んでいました。大変面白く読ませてもらっています。でも、鈴木さんの書いてらっしゃる内容に対して感想を寄せるだけの、僕の知識と理解が不足しているので、すぐに回答ができませんでした。また、話の流れから、呼戯人さんへの私信的なコメントかと思っていましたので、僕の回答は自粛していたという誤解もありました。どうもごめんなさい。
今僕が考えているウィトゲンシュタインの探究と、鈴木さんが提案されているポストモダン思想を絡み合わせて検討できればとても面白いと思います。ただ、僕の理解が薄いので、内容がしっかりと絡み合うようなものにしようするには、どうしても僕自身で本を読むなどして勉強してから臨む必要があります。そうでないと僕が理解できないまま内容のない討議をすることになってしまいます。すぐに、すべてを勉強することもできませんので、とりあえず、2者の間で互いに近い問題になりそうな「私は他者」の思想を理解したいと思ったのですが、そう都合のいい一冊はないようですね。
今の僕の興味は「探求」の読解一本です。これに関連することはどんどん取り入れていきたいと思っているのですが、興味が広がりすぎてどうしても時間がかかってしまっています。
せっかく丁寧におしえてくださっているのに、なかなか僕の理解がついていけないので、まどろっこしいと思われるでしょうが、これに懲りず、ゆっくり教えてください。

鈴木です。
オリンピック期間中、テレビを見るために徹夜したりして、しばらくお休みしておりましたので、いきなりコメントを投稿して、見逃されたのかと少しひがんでおりました。読んでいただいたと知ってすこし安堵いたしております。
永井の近著『ウィトゲンシュタインの誤診』をただいま精力的に読んでいます。工藤さんも読まれているようですし、後日それを叩き台に議論ができることを楽しみにしております。
その間、思いついたことを投稿するかもしれませんが、流して読んでいただければ幸いです。
とりあえず、ひとこと。

鈴木です。
ポスト・モダンあるいはポスト・モダニズムについて論じます。ただし、これを論じるにはこのブログのスペースでは到底足りず、簡単なアウトラインしか示すことができません。あらかじめご了承ください。それにポスト・モダンが哲学でいわれたのは1980年代で、私も古い記憶を手探りせざるをえず、だいぶ忘れましたので正確は期待できません。また、すこし長いので、3回くらいに分けて投稿いたします。
広義の文化的・社会的な意味でのそれと、狭義の哲学的な意味でのそれを区別して論じます。
1980年代に言われたポスト・モダンという言葉は主として狭義の哲学でいわれた言葉でした。しかし、広義の文化的・社会的な意味でのポスト・モダンは20世紀の30年代からの大きなムーブメントとしてあったものです。とくに戦後、顕著なものになりました。
いまや、ポスト・モダンは私たちの生活の身の回りに広がり、首までどっぷりと浸かっているといっていいほどです。身近なところでいえば、家庭における亭主の権威が失墜し、いまや邪魔者かゴミ扱いです。これがポスト・モダンです。(上野千鶴子のフェミニズム運動はポスト・モダンとともに終わりました)。
また、本などの活字メディアが後退し、かわってテレビ、パソコン、スマートフォン等の映像メディアがひろく社会に浸透しました。これもポスト・モダンです。
また、かつての生産中心から消費中心の「消費社会」が出現し、それにともない広告宣伝メディアが各種技術を駆使して、人々の欲望を操作するまでになりました。(サブミナル効果といってひそかに映像にメッセージを刷り込み、人間の無意識に働きかけて商品を買わせる手法が開発されましたが、いまは禁止されているようです)。コンピューター・グラフックによる仮想空間の出現は、私たちの見る現実の確実性を揺さぶり、デカルトのいう感覚の確実性を疑わしいものにします。これがポスト・モダンです。
さらに、自然破壊、環境破壊が進み、地球温暖化が問題になり、排出ガス問題が私たちの生活を脅かしつつあり、どこかがおかしい、近代とは間違いだったのではないかという疑問が台頭しています。これがポスト・モダンです。
ポスト・モダンは一時の流行思想で、もう終わったといわれますが、違います。むしろ現代の社会に広く深く浸透し、ありふれた光景になったので、あえて言われなくなったというべきです。
モダンすなわち近代が終わったということが言われだしたのは、1968年の「プラハの春」と学園紛争、フランスではこれを「5月革命」と称していますが、それがきっかけです。社会主義が失望に終り、大学のヒエラルヒーと権威が失墜し、大学が大衆化してそれまでのエリートが消えました。知識人と大衆の二項対立が消え、共産党の前衛神話が消えました。
社会が大きく変化しましたが、イデオロギーとか哲学はあまり可塑性がないので、この変化についてゆけず、依然としてモダン、すなわち近代哲学の亡霊がさまよっています。
ヘーゲルは、哲学はいつも時代が終わってから登場するといいました。「ミネルバの梟は夕暮れにやってくる」と。
ポスト・モダンという言葉が使われたのは哲学ではなく、それはまず建築で使われました。1950~60年代のポスト・モダン建築のムーブメントをさして言われました。鉄とガラスとコンクリートからなる合理的で機能的で効率を重んじるモダン建築が19世紀末からの主流でした。ル・コルビュジェとかグロピウスとかフランク・ロイド・ライトなどの建築家が活躍しました。それにたいする反措定としてポスト・モダン建築が叫ばれました。モダン建築を代表するものはニューヨークの摩天楼であり、わが国の新宿の高層ビル群です。ポスト・モダン建築とは機能性よりも対外的なメッセージを重視する建築で、たとえばラスベガスやマカオの賭博場の建物がそれに当たります。日本では丹下健三の「東京都庁舎」、黒川紀章の「国立新美術館」、磯崎新の「筑波センター・ビル」、「ロサンゼルス現代美術館」、安藤忠雄の「サントリー・ミュージアム天保山」、また東京スカイ・ツリーを設計した日建設計の「湯島会館」と「パレスサイド・ビル」などです。外国ではピアリとロジャースによるパリの「ポンピドー・センター(現代美術館)」とジョンソンの「AT&Tビル」などです。ちなみに丹下は当初ポスト・モダンに批判的でしたが、都庁舎を作るときに転向しました。ご承知のとおり、都庁舎はパリのノートルダム寺院を模しています。
これにたいし、「池袋サンシャイン・ビル」と「六本木アークヒルズ」は典型的なモダン建築で、評判を落としました。
1986年、東京国立近代美術館で「ポスト・モダンとは何か」をめぐるフォーラムが開催され、日本側から磯崎新、黒川紀章、安藤忠雄などポスト・モダンをリードする建築家とドイツの建築家とで討議がおこなわれました。ポスト・モダン建築とは「あらゆる時代の様式を混在させること、レトロと進歩が混ざり合う、一神教から多神教への転換」と定義されました。私は建築には悉しくありませんが、磯崎新とか飯島洋一の本を読むと建築の歴史とそのムーブメントがよく分かります。
ポスト・モダンは「消費社会」の申し子です。
消費社会のキーワードは「差異」です。モダンの時代は規格品を大量生産し、人々は同じ製品を欲しがりましたが、消費社会になると同じ物ではなく、他人と違うものを欲するようになります。いわば物を消費するよりも「差異」を消費するようになります。消費社会ではデザインが重視されるようになり、建築家もインテリア・デザイナーからの転身がおおく見られるようになりました。
この、「消費社会」の成立と、そこでの「差異」の消費を論じたのが、フランスの記号論者ボードリヤールの『消費社会の神話と構造』などの一連の著作でした。
これは余談ですが、ウィトゲンシュタインも姉のマルガレーテの依頼でアドルフ・ロースの友人と組んで「ストンボロウ邸」の設計にかかわっています。モダン建築の粋のような建物で、かれは小学校の生徒を殴るという暴力事件を起こしたあとだったので、ひどい神経症にかかっていました。それを心配した姉が治療目的で依頼しましたが、出来上がった建物があまりにも計算されつくした、度を越した建物だったので、息が詰まるようで「これは私のような小さな生き物が住む建物ではなく、神々の住む建物のように思える」といって、けっきょくそこに住むのを断念しました。1ミリの違いもおろそかにせず、建物が出来上がってから天井の高さを3センチ上げさせたということです。まったく大工泣かせで、2年もかかってようやく完成にこぎつけました。そのあげく誰も住まなかったというのですからもったいない話です。いまもウィーンに文化財として保存されています。詳しいことはレイトナーの『ウィトゲンシュタインの建築』を参照してください。
さて、次に狭義の意味での哲学におけるポスト・モダンです。
哲学においてポスト・モダンがいわれるようになったのは1980年代にリオタールが「ポスト・モダンの条件」という本を著したのがはじめです。
しかし、ポスト・モダンは1980年代にはじまったものではなく、20世紀の初めからつづく哲学の大きな潮流です。モダン、すなわち近代哲学の批判はドイツでは戦間期のフランクフルト学派の哲学者、アドルノとホルクハイマーの『啓蒙の弁証法』と『否定弁証法』などの著作でおこなわれました。かれらはマルクスとフロイトを使って広告宣伝メディア、当時発明された映画などを駆使したナチスによる社会の管理化、民衆の操作にたいして批判の論陣を張りました。
カントは『啓蒙とは何か』という本で「啓蒙は無知からの脱出」だといいました。ウェーバー的にいえば「魔術からの解放」です。しかし、アドルノとホルクハイマーは20世紀はふたたび「魔術」に陥りつつあると警告しました。
「魔術」とは何か?それはラジオやテレビなどのメディアによる、ベンヤミンのいう「ファンタスマゴリア(幻影)」が、イメージが全世界を覆いつつあるということです。(ベンヤミンは『パサージ論』でそれを19世紀の夢、といいました。かれによれば歴史は夢なのです)。この魔術によって私たちは自然から切り離され、根を失いつつあります。仮想現実が仮想でなく、現実になりつつあるということです。シニフィアンとシニフィエのつながりが断ち切られ、シニフィアンが浮動し始め、ありもしない「ファンタスマゴリア」があたかも現実であるように見え始めるということです。
18世紀の啓蒙はカントに代表される人間の自立的な主体による世界の構成を企図したものでしたが、それが自然破壊と人間の支配と人間の商品化をもたらしました。戦後社会においてもはや人間は主役ではなく、組織のコマになり、いくらでも取り替えのきく消耗品になりました。18~19世紀の啓蒙と近代は終わったのだとかれらは宣言しました。アドルノは『否定弁証法』で、近代を代表するヘーゲルの同一性の弁証法をやり玉にあげ、それを批判しました。
哲学におけるポスト・モダンはニイチェに遡源します。ニイチェは「神は死んだ」といいました。
デカルトからスピノザ、そしてカントを経てヘーゲルまでの近代哲学の中心概念は自我とか理性という言葉です。この自我とか理性は神の存在とその裏づけがあって維持されていました。中世の聖アンセルムスから聖トマスを経てデカルト、そしてカント、ヘーゲルへと、かれらは「神の存在論的証明」に深く首を突っ込みました。「神の存在論的証明」は、神が存在するとか存在しないとかの議論ではなく、神が存在することは自明の前提として、それを論理的に証明する試みでした。聖アンセルムスが問題を設定し、聖トマスがそれを否定し、デカルトが復活し、カントがふたたび否定し、ヘーゲルが肯定するという複雑な変遷を経ました。くわしい経緯はディーター・ヘンリッヒの『神の存在論的証明』という本に書かれています。
ここでは「神の存在論的証明」を云々する場ではありませんので簡単に説明しますと、ヘンリッヒによれば神の存在証明は以下の3つに分類されます。
 ①経験的な事実からその根本理由として見出される「自然神学的証明」
 ②事柄の原因性をたどって最高概念まで行きつく「宇宙論的証明」
 ③一切の経験を度外視して、ただ概念のみから最高存在者の現実存在を推論する「存  在論的証明」
以上の3つです。
このうち①の「自然神学的証明」はダーウィンの進化論によってほぼ壊滅し、②の「宇宙論的証明」はカントの純粋理性の弁証論の二律背反によって、これもほぼ壊滅し、③の「存在論的証明」はカントの『神の現存在の論証』と純粋理性批判の弁証論の第3章第4節の「神の現実存在に関する存在論的証明の不可能なゆえんについて」でほぼ論破されました。
聖アンセルムスの神の存在論的論証とは「神はもっとも完全な存在者である。神はすべての肯定的な規定、すなわち全能である、無限である、をそなえた存在者であり、存在するということもこの肯定的な規定の一部である。よって神は存在する」というものでした。どこかおかしいですよね。
これにたいしカントは「神はレアールな述語ではない」といって反駁しました。
このことは日本語に置き換えると分かります。「である」は助動詞であり、「がある」は助詞+存在詞で、私たちは容易にその違いを判別します。
アンセルムスのいう「神は完全である」とか「神は無限である」の完全とか無限は神の定義から導きだせる述語です。しかし「がある」という意味の存在は違います。アンセルムスは存在も述語に含めましたが、存在は述語にはなり得ないのです。なぜ両者の混同が起きたのか?西欧文法では「である」も「がある」もBe動詞ひとつなので区別がつきがたく、錯誤が起きやすいのです。アンセルムスの証明はこの西欧文法特有の性格に由来する「錯誤」あるいは「論理のすり替え」なのです。
このアンセルムスの錯誤を見破ったのが聖トマスでした。
カントの前述の文は以下のように言い換えると、かれの言っていることがよく分かります。「存在は主語から導きだされる内容、すなわち述語ではない」。
こんな「論理のすり替え」は日本では通用しません。もっとも、日本で神の存在を云々すればですが。
しかし、デカルトの神を必然的な存在者とする証明は、ヘンリッヒにいわせるとカントをもってしても論破できなかったといっています。この世界の存在者は偶然的な存在です。ライプニッツの充足理由律によれば、存在するものはその存在する理由がなければならない。ただし、世界そのもの、あるいは神は存在する理由をもたない。なぜなら、世界や神は存在するものの根拠だからである、と。デカルトは偶然的なものがあれば必然的存在もなければならないといいます。そしてそれが神なのだ、と。必然的なものとは「真理」に他なりません。デカルトは思考と存在の一致である真理を最終的に保証しているのは神なのだと考えました。これを逆に考えると、神の存在がなくなるとデカルトのはじめた近代哲学の根底が揺らぐことを意味します。
哲学者・木田元によれば西欧における自我や理性は神の「出店」のようなもので、本店が倒産すれば支店である「出店」の経営も危うくなる、といっています。この本店である神の存在は19世紀末にニイチェが「神は死んだ」と宣言したことで、いわば手形の裏書を失い、自我や理性にもとづく近代哲学がの土台が揺らぎました。
ニイチェの「神は死んだ」という一言は、こうした近代哲学の崩壊をいちはやく予言するものでした。

鈴木さん、すごい長文ですね。びっくりしました。ゆっくり読ませてもらいます。

鈴木さん、こんばんは。コメント拝見しました。丁寧に書いてくださって、分かりやすかったです。でも内容が僕のブログにもう少しリンクしたものだったら、もっとありがたいというのが正直なところです。せっかく書いていただいたのにあまり興味が持てませんでした。

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