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2011年2月14日 (月)

実無限と可能無限≪無限は実在するか1≫

実在論的無限と独我論的無限

本ブログでは、「世界がどのようになっているかはその細部まで全てがすでに決定されているとする決定論的な考え方」と、「世界の在り方は観測者の観測の仕方によって変わるものであり、はじめから決定しているわけではないとする考え方」の二つの世界観について、一方を実在論的存在論もう一方を独我論的存在論として、ここまでさまざまに検討してきた。この二者は、「無限」の捉え方においても対立し、数学やその他の場で多くの論争がある。これを見ていくことでさらにその理解を深めたい。

実在論と二値論理と実無限

実在論的な世界観にとっては、全ての命題が真か偽かであり、必ずそのどちらかに二分することができる。もし、人間に分からないようなことがあったとしても、それは人間の能力が足りないだけで、神の視点でなら分かるはずなのである。真偽の2つの値のみで世界の成立が言えるので、この立場の論理を「二値論理」という。アリストテレスからフレーゲまで続いてきた古典的な論理学はすべて真偽が決定される二値論理である。
これは、たとえば、平方根1.414…の「…」が無限に続いていく先の「全て」がすでに決定しているのだとする立場でもある。この1.414…の先は終わりがなく無限に続いている。その終わりがない永遠のその「全て」がすでに決まっているのだとする。限りなくどこまでも終わらないはずの無限の、その無限の全てがすでに実在しているのだとされるので、この無限は「実無限」と呼ばれる。

独我論と多値論理と可能無限

これに対して、反実在論的な世界観にとっては、「真」と「偽」の間に「分からない」とか「未決定である」などという第三番目の「答え」がある。たとえ神であろうと、世界の全てを見ることはできず、無限の先に達することもできない、あるいは、そのような神の視点など無いとする立場である。世界は「真」と「偽」の二つだけに納めることができず、三つ目の答えを認めるので、この立場の論理を「多値論理」と言う。
平方根1.414…の「…」の先は、どこまでも続いているというのは同じだが、それはどこまでも計算できる可能性があるというだけで、無限の答えが初めから決定されているわけではない。終わりがない永遠のその「全て」がすでにあるというのは、矛盾でしかなく、神であろうとそれを知ることはできないとするのである。無限とは、その全てが初めからあるのではなく、どこまでも掘り起こすことができるその手順や可能性だとされるので、この無限は「可能無限」と呼ばれる。

無限へ誘ういろいろなアイデア

一般的な数学では、その多くが実無限の立場である。
上で見たように、一般的な数学では、平方根は、その値がすでに決定されていることになっていて、その存在自体が実無限をはらんでいる。0.999…=1だとされるのも実無限である。それでも、無限の問題はいろいろな矛盾を生んでしまうので、多くの場合、無限大や無限小は認められていない。そのためイプシロンデルタ論法というもので無限論を回避するのが一般的なようである。しかし、無限大∞=1/0とする考え方や、無限大ωが計算可能であるとする「超実数」という考え方や、無限に大きな数…999は-1に戻るとする「p-進数」という考え方など、非常に興味深いアイデアがいろいろ出されている。
また一方、ゼノンのパラドクスなど、古くからある無限への疑問が、いまだに結論付けられず、最終的に解決されたとは言えない状況であるようだ。

ここからは無限をテーマにして、無限がどのように捉えられてきたかを見ていくことで、世界の実在論っぽいところと独我論っぽいところについて、さらに考えを深めていくヒントにしたい。

つづく

無限は実在するか

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コメント

素晴らしいサイトですね。
僕は哲学が好きで、よくネットで議論したりするのですが、よくこのサイトを紹介させてもらったりしています(勝手にすいません)。他の方がここを紹介されているのもたまに見かけます。
無限については20歳くらいのときに「どうやって物が動いてるんだ?」という疑問が頭に浮かんでからずっと考えていますが、未だによく分かりません。
可能無限という考え方があるのだということを最近知り、ここを参考に色々考えを整理することができました。
勝手に引用させてもらっているのでひと言お礼だけでもと思いまして、書き込ませていただきました。ありがとうございます。

がみさん、こんばんは。
コメントありがとうございます。

読んでもらえてうれしいです。無限など人間の考えられる側と考えられない向こう側のグレーゾーンのところにあるものを考えるのは面白いですね。

これからもよろしくお願いします。

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