フォト
無料ブログはココログ

« 外延が定まらなくても集合か≪ラッセルパラドクスの内包と外延3≫ | トップページ | 外延が定まらなくても述語か≪ラッセルパラドクスの内包と外延5≫ »

2011年1月 9日 (日)

集合論はパラドクスをどう回避したか≪ラッセルパラドクスの内包と外延4≫

数学で集合とは何か

ラッセルのパラドクス集合バージョンでは、内包表現の不十分さから混乱が生じてしまったことを考えた。カントールによる「集合とは対象を集めた一つの全体である」という定義だけでは、集合論を進めることができなかった。ここでは少しわき道にそれることになるが、集合を数学はどう考えたかを見てみる。

数学はどう考えたか。内包表現が不十分になってしまうような集合をすべて捨て、集合として認めないことにしたのだ。「犬の集合」や「白いものの集合」などというような、現実世界を映し出すような集合は集合として扱わないことにしたのである。
そして、「集合」の意味から集合を決めるのではなく、逆に、「集合の存在することができる世界・論理数学空間」を先に設定し、その世界に存在できるものを「集合」として定義し、位置付けることにした。

この数学的な「世界」は、ルール設定によって確立される。このルールのことを「公理」と言い、公理によって紡ぎだされる世界を「公理系」と言う。
このルール設定は、基本的には、数学的に使えないものでも良しとするのなら、どんなルールでも勝手にでっちあげても良いのだ。そうは言っても、使えないルールでは仕方がないので、一般的に使われるルールは、「ZFC公理」と呼ばれるものが多いようだ。

だから、ここで、集合の意味はこうなる。「ZFC公理の集合とは、ZFC公理を満足するものである」だ。

なにか、はぐらかされた気がする。たとえば、「本当とは嘘でないことであり、嘘とは本当でないこと。」「明るいとは光が多いことであり、光の多さとは明るさのことである。」という循環論と同じような胡散臭さを感じてしまうのは僕だけではないだろう。
しかし、数学は、そんなことにはお構いない。ここに正しく数学的空間が出来あがっているのだから、それで良いのだとしてしまう。そこにどんな意味があるのかなど関係ない、と考えるのだ。

そして、そうすると、ラッセルのパラドクスは解消される。
パラドクスは、この公理系の中には入ってこないからだ。

こうして、ラッセルとフレーゲの「数学と論理を統合させる」という課題は息を吹き返すことができる。
しかし、それは、現実世界とは関係のない範囲での論理空間の話でしかなく、本来の意味での、論理と数学との断絶が埋まったわけではない、とも言える。
ここで作られた論理数学世界の「実在世界とは全く無関係な形式的な空間でいいのだ」とする形式主義的な考え方からは学ぶべきものは大きい。
だからと言って、ZFC公理系が、このブログで僕が考えていきたいと思っている哲学的存在論の問題に使える直接的なツールにはなりにくいかもしれない・・・という気もする。

 

ZFC公理

数学的な話はこれ以上深追いしないが、とりあえず、おまけでZFCをあげておこう。ZFC公理系とは次の9つの公理からなる空間である。ちなみに、ZFCとはその公理の提案者ツェルメロ、フランケル、コーエン3者の頭文字である。
① B(()⇒A=B)
 
2つの集合の要素がすべて等しいとき、その集合は互いに等しい。
② ∃A∀x(x∉A)
 
要素を持たない集合がある。
③ ∀x∀y∃A∃t(∈A⇔(t=x∨t=y))
 
X,Yという2つの集合があるなら、{X,Y}という集合がある。
④ ∀X∃A∀t(t∈A⇔∃x∈X(t∈x))
 Xが集合なら、Xの要素の要素すべてからなる集合がある。
⑤ ∃A(φ∈A∧∀x∈A(x∪{x}∈A))
 空集合を要素として持ち、ある要素Xに対して{X,{X}}というように要素を継ぎ足していくことができるような集合がある。
⑥ ∀X∃A∀t(t∈A⇔t⊆x)
 Xが集合なら、Xの部分集合全体からなる集合がある。
⑦ z((ψ(x,y)ψ(x,z)y=z)⇒∀y(y⇔∃ψ(x,y))
 集合が関数としてあるとき、その関数の値域も集合である。
⑧ A(A≠φ⇒∃At∈A(t∉x))
 Xが空集合でない集合なら、Xは、Xと交わらない要素Yを持つ。
⑨ ∀X∃A∀x(x∈A⇔(x∈X∧F()))
 Xの要素集合が互いに交わらず、その要素集合が空集合でないなら、それぞれの要素集合から一つずつの要素をとってきたような集合がある。

以上。 

形式主義は別の機会にぜひ考えてみたい。公理系の話もここまでにして、パラドクスと世界記述の話にもどろう。
ウィトゲンシュタインがこのパラドクスにどう対処したかも見ていきたいが、その前に、次節では、パラドクスのパターン①に内包と外延のアイデアを当てはめるとどうなるかを考えてみたい。

つづく ラッセルパラドクスの内包と外延5

ラッセルパラドクスの内包と外延 目次

« 外延が定まらなくても集合か≪ラッセルパラドクスの内包と外延3≫ | トップページ | 外延が定まらなくても述語か≪ラッセルパラドクスの内包と外延5≫ »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/548679/50536714

この記事へのトラックバック一覧です: 集合論はパラドクスをどう回避したか≪ラッセルパラドクスの内包と外延4≫:

« 外延が定まらなくても集合か≪ラッセルパラドクスの内包と外延3≫ | トップページ | 外延が定まらなくても述語か≪ラッセルパラドクスの内包と外延5≫ »