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2010年7月17日 (土)

全知全能の神は自身の運命を変え得るか?

全知の神は、GReeeeNが次にどんな曲を出すのかを想像してワクワクすることができない。
ということは、つまり、全知の神は全能であることができないということじゃないか。

全知にして全能である神が存在するとしてみる。コイツは世界のすべてのモノコトを知っている、すべての過去とすべての未来を知っている、そして、自分の意志によって自由に世界を操作することができる、あらゆることを可能にして何だってすることができる、すごいヤツなのだ。

で、この世界に運命なるものがある場合と、無い場合について考えてみる。
ニュートン力学や相対性理論など、古典力学と呼ばれているものは、「未来の在り方ははじめから細部まで決定されているのだ」とする決定論であり、運命が存在するとする立場である。
これに対して、非古典力学の量子論では、未来は確率予測ができるだけで、「はじめから細部まで決まっているわけじゃない」とする非決定論の解釈が主流であり、運命は存在しないとする立場である。

もし、この現実世界に運命なるものがあるのなら、全知の神は未来のすべてを知っている。「人間は知りえないけれども、未来はすでに決まっている」ということが保証されているということ。
そして、その運命がもともと無いのなら、全知神にも未来のすべてを知ることはできない。「人間が知れえないだけではなく、、もともと未来が決まっていない」ということ。

では、運命があるとき、全能の神は何ができるのか。運命に抗えないのだとすると、ソイツはもはや、全能だとは言えないだろう。全能神は、自分がどのように世界を操作するのかあらかじめ知っているのだろうか。
もし、あらかじめ、自分の選ぶチョイスを知っているのだとしたら、それは運命があることと同じだ。それでは、全能にはあたらない。
だったら、全能の神は、自分の行動によって生じるすべての未来世界のパターンを予測できるのだとしてみようか。その予測ができたとしても、その未来どものなかでどれが「本当の」未来なのかを知ることは出来ない。それができるのなら、自分が未来世界に縛られて、もはや、全能ではなくなるからだ。

それゆえ、神であろうと、それが、世界の内の存在であるのなら、全知であり、かつ全能であることは、出来ない。それは、世界の外の存在としてしかあり得ない。そして、世界の外など、何の意味もない、語る価値のない存在なのだとしたら、神とはかなりナンセンスなモノであることになる。

つづく

思いつきの言々

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