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2010年7月18日 (日)

全知全能の神は自分が全知全能であることを知り得るか

自称「全知の神」が、真の「全知の神」であることを確かめるには、どうすればいいだろうか。それはできるのだろうか。

Kami01この神には、過去も、未来も、世界の全体も、細部も、あらゆるモノとコトのすべてが、見えている・・・・のだとしよう。この神の視点では、未来の出来事に対する予測精度が100%であり、もはや、「未来を予測する」のではなく、「未来を知っている」というくらいのモノである。

そうすると、この神は全てを知っていると言えるだろう。
しかし、これは単に、すべてを知っていると設定したのだから、すべてを知っているのだというトートロジーの発言にしか過ぎないのではないか。ソイツが全知であることを確かめたことにはならない。

あらゆる未来予測が予測したとおりに起こっていく、その確率が高まれば高まるほど、未来についての知識が信頼できるものになり、それまでの無数の予測がすべて100%正しかったのであれば、あらゆることを知っている全知の神に近付いていくだろう。
しかし、それだけで、自分が「全知の神」であると確定させることは出来ない。もし、未来が見えているのだとしてもダメだろう。

たとえば、いま実際に「雨が降ってきた」としか思えない状況があったなら、「雨が降ってきた」と結論付けることができる。
しかし、自分にいま実際に「世界のすべてを知っている」としか思えない状況があるとしても、そこから「世界のすべてを知っている」と結論付けることはできない。我々の言葉や我々の論理において、世界のすべてを真偽検査の俎上に乗せることはできないからだ。

この世界の内部のことがらを、我々の論理にのっとって、「全知の神であるかどうか」を語ろうとするのであれば、「世界のすべてを知っている」という文を真なる総合文とすることは、出来ないのだ。
精一杯できるとすれば、「だって、知ってるんだもん」と言って、ともかく知ってるってことにしてしまう以外ない。つまり分析文で言ってしまうしかできないのだ。

そして、この、自分が「全知」であることは分析文でしか言えないというのは、「全能の神」についても同じことが言える。

自分が全知全能の神であると言うやつがいたとしたら、それは必ず「自称全知全能の神」でしかないのだ。

思いつきの言々

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