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2010年7月27日 (火)

アプリオリとは総合とは≪超越論的な真理は本当か3≫

カントは、空間・時間や数学や科学法則などを「アプリオリな総合判断」だとする。

一般的に、「分析的」とは「その文の意味のみによって、それが正しいかどうかが決まるような記述」のことをいい、「総合的」とは「実世界と比べることで正しいかどうかが決まるような記述」のことをいう。
また、「アプリオリ」とは「それが正しいかどうかを決めるのに経験を必要としない」ことをといい、「アポステリオリ」とは「それが正しいかどうかを決めるのに経験を必要とする」ことをいう。
このとき、分析的な判断は経験なしでその真偽が分かるのだからアプリオリであり、総合的判断は世界の在り方と比較しないとその真偽が決められないのだからアポステリオリである。
これに対して、カントは超越論的な見方というものを発見し、「アプリオリな総合判断」があることを唱えた。
「アプリオリに真である」とは、間違いの可能性が無いような正しさであるということとし、「総合判断とは、この世界についての言明である」とするなら、「アプリオリな総合判断」とは世界についての絶対に正しい記述というものになるのではないか。
そんなものが本当にあるのだろうか。

カントの言葉づかいは少し変わっているところがあるので、それぞれのことばの意味から、一つずつ確認しながら、超越論的観点でのアプリオリや総合の意味を考えよう。

【アプリオリ】
経験から独立した認識。「手を離せばりんごが落ちる」という文では、実際にやってみなくても本当だと分かるのだから、経験から独立した認識だと言えるかもしれないが、これまでの経験を踏まえたうえでの認識だとも言えるので、これをアプリオリだとするべきではない。だから、すべての経験から絶対的に独立した認識のみをアプリオリと呼ぶことにする。とくに、経験的なものがまったく混ざっていない認識を「純粋な認識」という。

【アポステリオリ】
経験的な認識。

【分析的判断】
主語と述語の関係で、述語Bが主語Aの内にあり、Bという概念がAという概念に既に含まれているときの判断。

【総合的判断】
Bという概念がまったくAという概念の外にあり、たんに結び付けられているときの判断。我々の思考は自発的なものであるために、受容の条件と対象の概念とが影響しあい結びつけられて、一つの認識が作りだされる。この条件や概念を結びつけて新しい認識を作る操作を「総合」と呼ぶ。また、さまざまに異なる像を互いに結び付けて一つの新しい認識を作る働きも「総合」とする。
経験的判断はすべて総合判断である。
世界のあり方についての記述であるかどうか、よりも、互いに含みあっていない独立した概念を結びつける操作かどうかが問題になる。
その上でカントは数学が総合判断だとする。2+5=7は「2+5」をいくら分析してもそこに「7」が含まれていないからだそうだ。たしかに、ポアンカレ予想が正しいかどうかで、「単連結な3次元閉多様体」そのものをいくら調べてもその中に「3次元球面S3に同相」なんてものは出てこない気がする。少なくとも私には何らかの経験なしにはその答えは出てこない。デカルトだって、私が「2+3=4」を間違えても気づけない可能性があることを言っていた。数学は間違えているかもしれないものであるのだから、分析判断だとは言えないのだろう。しかし、この数学が総合なのか分析なのかはフレーゲもウィトゲンシュタインも分析だとしている。カントがいう「総合」はやや特殊なのかもしれない。

【アプリオリな総合判断】
たとえば「すべての出来事には原因がある」という文について、「原因」という概念は「出来事」という概念の外にある。「原因」という概念は「出来事」という概念が描き出す像には含まれない。では、どうすれば、「原因」という概念を「出来事」に必然的に含まれるものとして認識することができるのか。「出来事には原因がある」という原則は、まったくアプリオリに単なる概念だけによって、「原因」という第2の像を「出来事」という第1の像に付け加えたものである。
分析的な判断は、重要で必要ではあるが概念を明確にするものにすぎない。アプリオリな認識による思考が成立するかどうかは、このアプリオリな総合にかかっている。
経験に基づいた判断では厳密な普遍性を示すことは出来ないのだから 、「全ての出来事には原因がある」ということは厳密にはどこからも導くことは出来ない。だからこそ、無理を承知で、「だって、実際にそーなんだもん」と一気に乗り越えてしまわないといけないという話なのである。

ただし、このアプリオリな総合の真偽判定については、コペルニクス的転回のトリックによって完全に正しいものにしてしまう話がこの後に続いてくる。
それはまた次回。

つづく 超越論的な真理は本当か4

超越論的な真理は本当か目次

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