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2010年5月 9日 (日)

世界を正しく表す文はあるか8 おとぎ話は正しい世界記述か?

課題文④ むかしむかし、ある森がありました。その森ではすべてのハクチョウが黒かったのです。

おとぎ話は、それを語っているものも聞いているものも、その内容が虚構であることを知っているので、現実にはありえないような内容であったとしても「本当のこと」として受け入れることができる。

そして、だからこそ、語り手が言うことはすべて真になる。それは、すべて「定義」になり、たとえば、課題文④は偽にはなりえない。語り手が「すべてのハクチョウが黒かった」と言えばすべてのハクチョウが黒かったことになってしまい、「すべてのハクチョウが黒かったとすれば、すべてのハクチョウが黒かった」というトートロジーになってしまう。絶対的な真である。完璧な分析文であり、その物語世界を正しくあらわしている完璧な総合文だとも言えるものなのじゃないか。

だとしたら、おとぎ話でよく出てくる矛盾文も、真になるのだろうか。そんなの論理的におかしくないか。

課題文④’ むかしむかし、ある森がありました。その森ではすべてのハクチョウが黒かったのです。しかし、ある日、アリスは森で黒くないハクチョウを見つけました。

この文は矛盾している。「すべてのハクチョウが黒い。かつ、黒くないハクチョウがいる」というのだから正しいわけがない。

しかし、それなのに、おとぎ話であれば、これが真になるのだ。おとぎ話とは虚偽があったとしてもその虚偽を含めて物語世界をそのまま全部受け入れることを前提とした文だからである。

これほど変な内容であったとしても、文が偽になるのではなく、「すべて」や「ない」「いる」などの基本的な言葉の意味の方が間違っているのかもしれないとしたり、「A、かつ、Aではない」を矛盾とする論理の方が間違っているかもしれないと解釈したり、そのような無茶をして、文を正しいとしてしまうのが「おとぎ話」なのだ。

だから、おとぎ話は、絶対正しい分析文であり、絶対正しい総合文であることが可能なのである。しかし、その代わり現実世界のことを語ることは出来ない。

何?、現実をあきらめたら、真なる総合文を得ることができるだと?それは、まやかしだろう。現実を語れない総合文など総合文であるわけがないだろう。

では、どのような文であれば現実世界を正しく語ることができるのか。そのような文があるのだろうか。
また、絶対的に真なる文というのは本当に無いのだろうか。

 

つづく 世界を正しく表す文はあるか9へ 

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コメント

こんにちは。Rです。僕は中学生です。
ココログのブログ広場の「哲学」コーナーでこのブログを見つけました。
「はじめに」のページを見て、とても感動しました。
僕が『死ぬ』ということについて考えていたことと重なったからです。
これからも、今までの記事を読んでいきたいです。
よろしくお願いします。

Rさん、こんにちは。摂津です。
「私の死」や「独我論」のことを、いろいろな方面から考えてみたいと思っています。
同様の問題で考えている人がいてくれて、うれしいです。
ぜひ、またご意見ください。

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