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思いつきの言々

時間だけは平等?

 

世界が私という夢を見ている

 

言葉は言葉によって定義され得るのだろうか

 

なぜ【有り】が動詞で【無し】は違うのか

 

犬語が話せる女の真偽をどう確かめる?

 

全知全能の神は自身の運命を変え得るか?

 

全知全能の神は自分が全知全能であることを知り得るか

 

独今論者になることは可能か

 

トートロジーは何も語らないか

 

盲国で「見える」は言えるか…私的言語か

 

今が一つしかないわけ

 

「死」は「生」の反対語か

 

大阪哲学道場12/9レジュメ

 

装幀があってはじめて一冊の本

 

あらゆる記述は必ず盲信である

 

神が存在すると言っても良いわけ

 

神を知っていると言ってはダメなわけ・雨盲と神盲

 

第22回大阪哲学道場7/21レジュメ

 

思考実験に対する状況の解釈と言語の限界についての考察

 

「誤診」の思考実験がダメだけどダメじゃないわけ

 

2013/7/21大阪哲学道場発表メモ

 

2013/11/24大阪哲学同好会で発表します

 

「第2回大阪哲学同好会参考テキスト」

 

哲学者たちの似顔絵

 

「語り得ないこと」の向こう側はいかようにも語り得ないか

 

ストーカーの信念をどう糺せるか

 

亡き母に花を届け得るか

 

言語とはデータのデジタル化システムだ

 

死んで苦痛が無くなるか

 

「第14回大阪哲学同好会参考レジュメ」

 

現在は存在し得るか

 

排中律と震災被害者霊標

 

タカマハラナヤサ、竹村加菜、睫摘、理、工藤庄平などの名称

 

大哲掲示板消失あーあ

 

5億年ボタンを討論しています

 

第21回大阪哲学同好会の発表用レジュメ「クオリアの意味を考える」

 

非物理的クオリアの物理性と死後の生

 

芸術とは言語と非言語の間隙のことか

 

義務としての正義と天皇制

 

何度でもやり直せるタイムリープ

 

主体と時間の冒険的前提について

 

「私の死後にもちゃんと世界は存在している」と言えるわけ

 

二封筒問題を考える

 

水中の「匂い」を考える

 

「限りある命の美しさ」にもやもやしている話

 

どんな「絶対」も話し手聞き手の意図によるしかないかも

 

11/5大阪哲学同好会「ドゥルーズによるベルクソン論」発表用レジュメ

 

話せない話

 

全部分かっちゃった・・・なんてこと言ってたらダメだぁね

 

時間を失うことが何かの回避になり得るか

 

 岸谷五朗の「完璧な未完成」とニーチェの「永遠回帰」とヘーゲルの「弁証法」

 

ベルクソンの「意識」が「自分を広げ緩めること」であるわけ

 

ラカン精神分析読解のための用語メモ(増殖中)

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