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クオリア再考(デネット・永井)

1. 私的言語が語り得るというのは文がそれ自身の真を語り得るということ

2. クオリアが「無い」でさえないわけ

3. クオリアが思考することさえできないわけ

4. 語の反復可能性と語の検証基準確保性が同値であるわけ

5. 現実世界と〈私〉とクオリアはホントに在るか

6. クオリアも〈私〉も世界も在るとは言えないはず

7. 「何故何もないではなく、何かがあるのか」を考える

8.メアリーが獲得したクオリアはいかなるクオリアか

9.クオリアの消失を自分で気づけるか

10.外在主義の考える「クオリア」と「ゾンビ批判」

11.チャーマーズのクオリアが物的存在に論理的に付随しないわけ

12.表象主義の志向的クオリアが語り得ることと語り得ないこと

13.表象主義の「外在論の魔法」のトリック

14.永井の、独在論と累進構造によるクオリア論

15.立川談志「六尺棒」まくらより

16.0次内包・マイナス内包・無内包

17.永井の累進構造説は無内包を語り得るか

18.メアリーの部屋と、物的知識と、他者の知覚を有意味に知れること

19.デネットのカルテジアン劇場とハードクエスチョン

20.「生の原質」だけを切り出すことの虚しさ

21.アクトゥアルな〈私〉の問い方

22.クオリアが必然的に物理的なわけ

23.「印象」が必然的に機能的なわけ

24.我々と論理的に関係しない実在

25.話者と必然的に独立のものが必然的に語り得ないわけ

26.クオリアが論理的に付随しない世界を語り得ないわけ