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世界を正しく表す文はあるか(クワインと述語論理)

分析性と総合性のあいだで世界をどう記述するか
経験主義の二つのドグマを考える

1. 求めているのは真なる総合文だ
  分析・総合とアプリオリ・アポステリオリについて

2. 文①「結婚していない人は、結婚していない」
    文②「独身者は結婚していない」

  分析文の真偽は文の構造だけで決まること

3. 文③-1 「ハクチョウはすべて白い」 ∀x(Fx⊃Gx)
    文③-2 「白いハクチョウがいる」     ∃x(Fx∧Gx)

  全称文と存在文について

4. 真なる全称命題はアプリオリに存在し、定義から導き出される命題に限られる
  全称文では真なる世界記述はできないこと

5. 「白いハクチョウがいる」=「あるものが存在し、それはハクチョウであり、かつ、白い、かつ、私の眼が正しく働いている、かつ、ハクチョウの意味を理解している、かつ、夢ではない、かつ、・・かつ・・・・・・(どこまでも続く)」
  経験と対応する文があるというドグマについて

6. 「分析性」と「総合性」の差とは、結局「程度の差」だ
  分析文と総合文が区分できるというドグマについて

7.正しい世界像を確定することは無理なのか
  どんなデータも状況証拠でしかない

8. 文④ 「むかしむかしある森ではすべてのハクチョウが黒かったのです」
  おとぎ話は正しい世界記述か

9. 文⑤ 「ここにパソコンがあると思う」
  「と思う」は正しい総合文か?

10.世界の論理実証はできない
  「痛いと思うと思う」を思う

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